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ウラジーミル・サレンピア (ロシア)
【 1949 ~ 1976 】



ウラジーミル・ロナルドヴィッチ・サレンピアは、1949年、アメリカ・オレゴン州クース・ベイで生まれた。

家は共産主義者の家庭で、一家はサレンピアが生まれてすぐにロシア (ソ連) に移住した。

サレンピアはバスの運転手として働き始め、結婚して2人の娘が生まれた。


1975年9月27日、ウラジミール州アレクサンドロフで、自転車に乗る女性を襲う。

自転車を倒したサレンピアは石で女性の頭を殴るが女性は何とか逃げる事が出来助かった。


同年11月5日、サレンピアは高速道路エリアで女性を攻撃し、意識がなくなるまで殴った。

サレンピアは女性を殺すつもりだったが、学童グループが通り掛かった為、逃走した。


同年11月14日、アレクサンドロフ駅近くの森で、タチアナ・ベルセニエヴァ (18歳♀) を強姦し、ハンマーで殴って殺害した。

遺体を森の中へ捨てるが、サレンピアなベルセニエヴァの体の至る所に噛みつき、その為、全身に噛み跡が残った。

遺体はすぐに発見され、検視の結果、死因が特定された。


1976年1月16日、サレンピアは別の女性を襲い、意識がなくなるまで金属棒で殴った。

この頃、街は女性を無差別に襲う殺人犯によりパニックとなっており、人々は夜に外に出る事を恐れた。


同年3月6日、サレンピアは通信センターのオペレーター、イナ・グリチュギン () を強姦し、殺害する。

そして、ベルセニエヴァ同様身体中に噛みつき噛み跡を残した。

実はサレンピアはグリチュギンの事が好きであったが、サレンピアには妻と子供がいる事を知っていた為、グリチュギンは拒絶していた。

しかし、グリチュギンの最後の知り合いがサレンピアだとわかり、重要な容疑者となった。


同年3月11日、サレンピアは逮捕されるが、事件の日に友人とレストランで食事をしていたとアリバイを主張した。

しかし、それがすぐに虚偽だとわかり、アパートから犠牲者の持ち物が見つかり、サレンピアはこれまで2人の殺人と9人への殺人未遂を認めた。


同年、ウラジミール州地方裁判所でサレンピアに死刑が言い渡され、すぐに銃殺による死刑が執行された。

このサレンピアの事件は、ドキュメンタリー映画シリーズ「The investigation was conducted... (調査は行われた) 」で、「Jaws」というタイトルで取り上げられている (サレンピアは噛み跡を残した事から『Jaws』と呼ばれていた) 。



《殺人数》
2人 (他9人殺人未遂)

《犯行期間》
1975年11月14日、1976年3月6日



∽ 総評 ∽

『Jaws』または『The Aleksandrovsky Ripper (アレクタンドロフスキーの切り裂き魔) 』と呼ばれ、2人を強姦し殺害したサレンピア。

サレンピアはアメリカで生まれすぐにロシア、当時のソ連に移住した。

名前を見る限り普通にロシアの家庭であったと思われるが、そもそもアメリカに両親がいた理由がわからない。

共産主義の家庭であったと言われ、サレンピアがその影響を受けたのかわからないが、凄惨な犯行を行った。

サレンピアは犠牲者の体に噛み跡を残したが、そういった殺人鬼は意外に多い。

サレンピアは幼少期の詳細が少なく、結婚して娘が2人いたが、突然犯行に及んだ。

おそらく、何らかのきっかけや原因があったと思われるが詳細がなくわからない。

ただ、この時期のソ連の死刑判決→即執行は素晴らしいとしか言い様がなく、見習って欲しい限りである。