
イアン・ハントリー (イギリス)
【1974 ~ 】

マキシーヌ・カー (イギリス)
【1977 ~ 】
イアン・ケビン・ハントリーは、1974年1月31日、イギリス・ランカシャー州グリムズビーで生まれた。
父をケビン、母をリンダといい、ハントリーは夫妻の最初の子供であった。
その後、ハントリーはノーフォークやスカンソープ等に住み、再びグリムズビーに戻った。
1995年8月、ハントリーは15歳の少女と性行為を行う。
警察は未成年に対する性行為に対し、ハントリーを逮捕しようとするが、少女がこれ以上事件が明るみになる事を望んでおらず、その為、ハントリーは追及される事はなかった。
同年11月15日、ハントリーは共犯者とグリムスビーにある家に侵入し、電気製品やジュエリー、現金を盗んで逮捕された。
1996年3月、ハントリーは起訴された。
しかし、後にハントリーへの起訴は取り下げられ釈放された。
同年4月、ハントリーは再び未成年に対する性行為の疑惑により捜査されるが、起訴されなかった。
更に同年5月、13歳の少女に対する性行為の疑惑により捜査されるが、この時も同様に起訴されなかった。
1998年4月、ハントリーは女性を強姦した疑いで逮捕される。
ハントリーは女性と性行為を行ったのは認めたが、合意であったと主張した。
その為、警察は告訴を取り下げた。
同年5月、グリムスビーに住む18歳の女性が、ナイトクラブから家に帰る途中、ハントリーに強姦されたと訴えた。
ハントリーは逮捕されるが、警察がナイトクラブのCCTV (監視カメラ) 画像を調べた所、ハントリーを有罪に出来る程の証拠がなかった為、1週間後に起訴は取り下げられた。
同年7月、ハントリーは1997年9月に11歳の少女に暴行を加えたとして警察は捜査を始めた (2007年4月に告訴されている) 。
1999年2月、ハントリーはグリムズビーの町の中心にあるハリウッドのナイトクラブで、マキシーヌ・アン・カー (1977年2月16日生) と出会う。
2人はすぐに意気投合し、一緒に住み始めた。
ハントリーはバーテンダーとして働き、カーは地元の魚加工工場で魚を詰める仕事をした。
同年2月、ハントリーは17歳の少女を強姦したとして警察の捜査を受けたが、結局、起訴される事はなかった。
同年7月、女性が強姦され、ハントリーが警察の尋問を受けた。
この時、ハントリーは警察にDNAサンプルを快く提供した。
カーはハントリーのアリバイを主張し、ハントリーが強姦などするはずがないと話した。
2001年9月、ケンブリッジシャーのエリー近くの小さな町ソハムにあるソハム・ビレッジ・カレッジ (中学校) で、ハントリーは管理人として働く為の申請を出し、同年11月26日から働く事となった。
ハントリーは逮捕された時、学校で働いていたが、過去の犯罪で有罪判決を受けていない為、学校で働く事が出来た。
2002年8月4日、ホリー・マリー・ウェルズ (1991年10月4日生。10歳♀) とジェシカ・エイミー・チャップマン (1991年9月1日生。10歳♀) は、ソハムにあるウェルズの家でバーベキューをしていた。
午後6時15分頃、ウェルズとチャップマンは、お菓子を買いに出掛けた。
帰る途中、2人はハントリーの家の前を通った。
ハントリーはウェルズとチャップマンを誘惑し、自身の家の中に招き入れようと話し掛けた。
ウェルズとチャップマンは警戒するが、家には小学校で助手を務める女性 (カー) がいる事を告げ、安心させた。
ウェルズとチャップマンは家の中に入った直後、ハントリーは2人を殺害した。
午後9時45分、戻らない2人を心配し、両親は警察に通報する。
少女2人失踪事件は大々的に報道され、2人の特徴や服装も公開された。
ハントリーは近隣住民としていくつかのテレビインタビューに答え、ショックを受けたと語った。
カーもインタビューに答え、ウェルズから感謝を述べたカードをもらったとカードをレポーターに示した。
そして、カーはウェルズが行方不明となる直前に会ったと述べ、
「彼女はただ素敵だった。私は彼女に家に帰るよう促した。非常に残念です」
と警察に話した。
これを聞いた警察は、カーに疑問を抱く。
なぜならこの時点ではウェルズとチャップマンの死体は発見されておらず、すでに死んでいるかのような発言をしたからだった。
その後、警察が目撃情報等から同年8月16日にハントリーとカーを初めて尋問した。
7時間の尋問と家宅捜索の末、翌日の17日にハントリーとカーは逮捕された。
警察は2人を逮捕後、少女たちがすでに死んでいる事を発表した。
発表後、ウェルズとチャップマンの死体は同日中にサハムから約12マイル (約20km) 離れたサフォークのラケーンヒース周辺の柵の傍の溝で発見された。
警察は
「2人の死体は分解され、部分的に白骨化していた」
と述べ、死体が両者だと判明するのは4日後の21日であった。
ハントリーは逮捕後、狂人の振りを装った。
その為、精神科医によって診察を受けた。
精神科医はハントリーは肉体的にも精神的にも裁判には十分耐えうると診断した。
ハントリーは裁判が開かれる前に、ミルトンキーンズあるウッドヒル刑務所に移送された。
2003年6月9日、ハントリーは抗鬱薬を大量に隠し持ち、それを過剰に摂取する事による自殺を試みるが、未遂に終わった。
同年11月5日、裁判が開かれた。
ハントリーはウェルズとチャップマンを自室に招き入れた後、殺害した事を認めた。
ハントリーはまずウェルズを風呂場に連れて行くとナイフで突き刺した後、湯船に顔を沈め溺死させた。
チャップマンはその様子を見ており、叫ぼうとした為、口を強引に押さえつけた事で窒息死したと述べた。
また、ハントリーはウェルズとチャップマンの死体を捨てた後、後日、死体を確認しに行ったと述べた。
2005年9月14日、ハントリーはマーク・ホブソン (後日掲載) ら4人の囚人に暴行を受けた。
同年9月29日、ハントリーは有罪判決が下され、その後、最低40年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。
この仮釈放期間を設定するにあたり、モーゼス判事は
「被告に最終的な釈放の希望を全く与えない」
と述べ、現時点でもっとも長期の仮釈放までの期間を設定した。
カーは当初、ハントリーのアリバイについて警察に2度虚偽を述べたとして起訴された。
しかし、2度目の虚偽については訴えを取り下げられた。
カーには懲役3年半が言い渡された。
2006年9月5日、刑務所でハントリーは意識不明となる。
薬の過剰摂取によるもので、自殺を試みたとされるが意識は回復した。
2008年1月23日、ハントリーはダラム近くのフランクランド刑務所に移された。
2010年3月21日、ハントリーは囚人のダミアン・フォークスに喉を刺され重傷を負う。
ハントリーは命に別状はなかったが、この負傷の為、ハントリーに2万ポンド (約300万円) 支払われた。
フォークスは子供を標的とした犯罪者を日頃から嫌悪しており、他に同じ囚人のコリン・ハッチ (後日掲載) を殺害している。
カーは21ヶ月刑期を務めた後、2004年5月14日、釈放された。
カーは釈放後、すぐに警察の保護を受けた。
2005年2月24日、カーは人生を危険にさらされる可能性があるとして、匿名性の付与が許され、名前を変更した。
この特別処置はカーで4人目であり、他にはかのメアリー・ベル、『バルガー事件』のジョン・ブエナブルズ&ロバート・トンプソンの3人であり、大人では初めての事であった。
2011年、カーは新しい夫との間に子供が産まれている。
《殺人数》
2人
《犯行期間》
2002年8月4日
∽ 総評 ∽
わずか10歳の少女を2人殺害したハントリー。
ハントリーは少女ばかりを強姦しており、生粋のペドフィリアといえる。
ハントリーは立て続けに強姦したが、何故か起訴されなかったり全て訴えを取り下げられたりした。
これだけ短期間に強姦を働いて、訴えを全て却下されるというのは、何か別の力が働いていたとしか考えられない。
ハントリーは刑務所で囚人に襲われ、負傷しているが、何故か慰謝料のようなお金をもらっている。
こんな事が納得出来るだろうか。
また、カーは何故か身分を隠され、国から特別に保護されるような待遇を受けた。
イギリス司法の相変わらずな愚かぶりに呆れて物も言えない。
ハントリーは2度、薬を大量に飲み自殺を図った。
未遂に終わってしまったが、この時、死んでいればと残念でならない。
また、刑務所で他の囚人に襲撃されているが、その時も死なずにかろうじて生きていた。
生命力だけはゴキブリ並みの高さといえる。

マキシーヌ・カー (イギリス)
【1977 ~ 】
イアン・ケビン・ハントリーは、1974年1月31日、イギリス・ランカシャー州グリムズビーで生まれた。
父をケビン、母をリンダといい、ハントリーは夫妻の最初の子供であった。
その後、ハントリーはノーフォークやスカンソープ等に住み、再びグリムズビーに戻った。
1995年8月、ハントリーは15歳の少女と性行為を行う。
警察は未成年に対する性行為に対し、ハントリーを逮捕しようとするが、少女がこれ以上事件が明るみになる事を望んでおらず、その為、ハントリーは追及される事はなかった。
同年11月15日、ハントリーは共犯者とグリムスビーにある家に侵入し、電気製品やジュエリー、現金を盗んで逮捕された。
1996年3月、ハントリーは起訴された。
しかし、後にハントリーへの起訴は取り下げられ釈放された。
同年4月、ハントリーは再び未成年に対する性行為の疑惑により捜査されるが、起訴されなかった。
更に同年5月、13歳の少女に対する性行為の疑惑により捜査されるが、この時も同様に起訴されなかった。
1998年4月、ハントリーは女性を強姦した疑いで逮捕される。
ハントリーは女性と性行為を行ったのは認めたが、合意であったと主張した。
その為、警察は告訴を取り下げた。
同年5月、グリムスビーに住む18歳の女性が、ナイトクラブから家に帰る途中、ハントリーに強姦されたと訴えた。
ハントリーは逮捕されるが、警察がナイトクラブのCCTV (監視カメラ) 画像を調べた所、ハントリーを有罪に出来る程の証拠がなかった為、1週間後に起訴は取り下げられた。
同年7月、ハントリーは1997年9月に11歳の少女に暴行を加えたとして警察は捜査を始めた (2007年4月に告訴されている) 。
1999年2月、ハントリーはグリムズビーの町の中心にあるハリウッドのナイトクラブで、マキシーヌ・アン・カー (1977年2月16日生) と出会う。
2人はすぐに意気投合し、一緒に住み始めた。
ハントリーはバーテンダーとして働き、カーは地元の魚加工工場で魚を詰める仕事をした。
同年2月、ハントリーは17歳の少女を強姦したとして警察の捜査を受けたが、結局、起訴される事はなかった。
同年7月、女性が強姦され、ハントリーが警察の尋問を受けた。
この時、ハントリーは警察にDNAサンプルを快く提供した。
カーはハントリーのアリバイを主張し、ハントリーが強姦などするはずがないと話した。
2001年9月、ケンブリッジシャーのエリー近くの小さな町ソハムにあるソハム・ビレッジ・カレッジ (中学校) で、ハントリーは管理人として働く為の申請を出し、同年11月26日から働く事となった。
ハントリーは逮捕された時、学校で働いていたが、過去の犯罪で有罪判決を受けていない為、学校で働く事が出来た。
2002年8月4日、ホリー・マリー・ウェルズ (1991年10月4日生。10歳♀) とジェシカ・エイミー・チャップマン (1991年9月1日生。10歳♀) は、ソハムにあるウェルズの家でバーベキューをしていた。
午後6時15分頃、ウェルズとチャップマンは、お菓子を買いに出掛けた。
帰る途中、2人はハントリーの家の前を通った。
ハントリーはウェルズとチャップマンを誘惑し、自身の家の中に招き入れようと話し掛けた。
ウェルズとチャップマンは警戒するが、家には小学校で助手を務める女性 (カー) がいる事を告げ、安心させた。
ウェルズとチャップマンは家の中に入った直後、ハントリーは2人を殺害した。
午後9時45分、戻らない2人を心配し、両親は警察に通報する。
少女2人失踪事件は大々的に報道され、2人の特徴や服装も公開された。
ハントリーは近隣住民としていくつかのテレビインタビューに答え、ショックを受けたと語った。
カーもインタビューに答え、ウェルズから感謝を述べたカードをもらったとカードをレポーターに示した。
そして、カーはウェルズが行方不明となる直前に会ったと述べ、
「彼女はただ素敵だった。私は彼女に家に帰るよう促した。非常に残念です」
と警察に話した。
これを聞いた警察は、カーに疑問を抱く。
なぜならこの時点ではウェルズとチャップマンの死体は発見されておらず、すでに死んでいるかのような発言をしたからだった。
その後、警察が目撃情報等から同年8月16日にハントリーとカーを初めて尋問した。
7時間の尋問と家宅捜索の末、翌日の17日にハントリーとカーは逮捕された。
警察は2人を逮捕後、少女たちがすでに死んでいる事を発表した。
発表後、ウェルズとチャップマンの死体は同日中にサハムから約12マイル (約20km) 離れたサフォークのラケーンヒース周辺の柵の傍の溝で発見された。
警察は
「2人の死体は分解され、部分的に白骨化していた」
と述べ、死体が両者だと判明するのは4日後の21日であった。
ハントリーは逮捕後、狂人の振りを装った。
その為、精神科医によって診察を受けた。
精神科医はハントリーは肉体的にも精神的にも裁判には十分耐えうると診断した。
ハントリーは裁判が開かれる前に、ミルトンキーンズあるウッドヒル刑務所に移送された。
2003年6月9日、ハントリーは抗鬱薬を大量に隠し持ち、それを過剰に摂取する事による自殺を試みるが、未遂に終わった。
同年11月5日、裁判が開かれた。
ハントリーはウェルズとチャップマンを自室に招き入れた後、殺害した事を認めた。
ハントリーはまずウェルズを風呂場に連れて行くとナイフで突き刺した後、湯船に顔を沈め溺死させた。
チャップマンはその様子を見ており、叫ぼうとした為、口を強引に押さえつけた事で窒息死したと述べた。
また、ハントリーはウェルズとチャップマンの死体を捨てた後、後日、死体を確認しに行ったと述べた。
2005年9月14日、ハントリーはマーク・ホブソン (後日掲載) ら4人の囚人に暴行を受けた。
同年9月29日、ハントリーは有罪判決が下され、その後、最低40年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。
この仮釈放期間を設定するにあたり、モーゼス判事は
「被告に最終的な釈放の希望を全く与えない」
と述べ、現時点でもっとも長期の仮釈放までの期間を設定した。
カーは当初、ハントリーのアリバイについて警察に2度虚偽を述べたとして起訴された。
しかし、2度目の虚偽については訴えを取り下げられた。
カーには懲役3年半が言い渡された。
2006年9月5日、刑務所でハントリーは意識不明となる。
薬の過剰摂取によるもので、自殺を試みたとされるが意識は回復した。
2008年1月23日、ハントリーはダラム近くのフランクランド刑務所に移された。
2010年3月21日、ハントリーは囚人のダミアン・フォークスに喉を刺され重傷を負う。
ハントリーは命に別状はなかったが、この負傷の為、ハントリーに2万ポンド (約300万円) 支払われた。
フォークスは子供を標的とした犯罪者を日頃から嫌悪しており、他に同じ囚人のコリン・ハッチ (後日掲載) を殺害している。
カーは21ヶ月刑期を務めた後、2004年5月14日、釈放された。
カーは釈放後、すぐに警察の保護を受けた。
2005年2月24日、カーは人生を危険にさらされる可能性があるとして、匿名性の付与が許され、名前を変更した。
この特別処置はカーで4人目であり、他にはかのメアリー・ベル、『バルガー事件』のジョン・ブエナブルズ&ロバート・トンプソンの3人であり、大人では初めての事であった。
2011年、カーは新しい夫との間に子供が産まれている。
《殺人数》
2人
《犯行期間》
2002年8月4日
∽ 総評 ∽
わずか10歳の少女を2人殺害したハントリー。
ハントリーは少女ばかりを強姦しており、生粋のペドフィリアといえる。
ハントリーは立て続けに強姦したが、何故か起訴されなかったり全て訴えを取り下げられたりした。
これだけ短期間に強姦を働いて、訴えを全て却下されるというのは、何か別の力が働いていたとしか考えられない。
ハントリーは刑務所で囚人に襲われ、負傷しているが、何故か慰謝料のようなお金をもらっている。
こんな事が納得出来るだろうか。
また、カーは何故か身分を隠され、国から特別に保護されるような待遇を受けた。
イギリス司法の相変わらずな愚かぶりに呆れて物も言えない。
ハントリーは2度、薬を大量に飲み自殺を図った。
未遂に終わってしまったが、この時、死んでいればと残念でならない。
また、刑務所で他の囚人に襲撃されているが、その時も死なずにかろうじて生きていた。
生命力だけはゴキブリ並みの高さといえる。
コメント
コメント一覧 (23)
子供や女性、老婆を大人のおもちゃにした性犯罪者は相応の苦しみを受けて当然なのです。
そのままにしておけば少しは彼も償いの1歩を歩めたと思うとすごく残念でなりません。
ひどいことをした性犯罪者は殺されて当たり前なのです。
ゴキブリやネズミ、サソリと凶悪な囚人ががうじゃうじゃいる劣悪な刑務所に入れて餓死させるのがまともな凶悪犯の取り扱いだと思うのですが...
もしくはタコ部屋労働を復活させるのも悪くないと思うのです。
女の方は毎年1億円も支払われるのです。
ふざけています。
1億円もあったらかなりの支援ができるはずです。
さらし者にすればいいだけのお話です。
それもできない最近の司法はくるっています。
もう一度囚人への拷問や強制労働を復活させて、囚人にかけるお金を減らせばいいと思うのです。
ヴェナブルズとトンプソンは釈放された後高額なお金でのうのうと生活することができ、トンプソンに至ってはしれっと海外旅行を行っていたのですから驚きを隠せません。
メアリー・ベルは釈放された後で彼氏ができ、子供もできているのです。
ヨークシャーの切り裂きジャック、のサトクリフに至っては精神病院でゲームをやっていたのです。
ふざけ過ぎていてあいた口がふさがりません。
凶悪な囚人は過酷な拷問の末処刑したり死なせるのが当然の処置なのです
殺されても文句も言えない立場なのにお金を受けとるってもはや理解不能です。
囚人にそのままリンチされて殺害されればよかったのにと思います。
そのお金も全て税金ですからね。
こんなふざけた事がまかり通る司法に唖然としかしないですね。
>名無しさん
イギリスが甘いのは凶悪犯だけじゃないですからね。
以前何かの番組で生活保護者に対してもかなり甘過ぎて受け取っている人は誰も働こうとしてませんでした。
全部税金ですからね。
怒りはごもっともですが、全部司法が悪いんですよね。
人権人権てバカの1つ覚えみたいに唱える偽善者たちにいちいち耳を傾けるからそうなるんです。
そもそも犯罪者に人権なんてありません。
刑務所の中を拷問にすればそんな舐められた行為出来ませんよ。
凶悪な囚人は過酷な拷問の末処刑したり死なせるのが当然の処置なのです
彼女もメアリー・ベルのように『私が以前こんなことをしたなんて信じられない』とか悪びれもせず言い出しそうです。
犯罪の片棒を担ぐほど、それほど愛していたという事なのでしょうか。
しかも、再婚してまともな生活を送っている事が腹立たしいですね。
刑務所に収監もせずに放置していた為に発生した事を考えれば警察の怠慢が原因です。
※たしか、イギリスで移民で痴漢と云うか猥褻な行為をした糞な性犯罪者に慰謝料10万ユーロ(約1300万円)を支払ったとニュースになっていました。
正に欧州は「犯罪者の楽園」ですね。
受刑者に襲撃され殺される寸前までいったのに残念ですね。
出来れば500回以上、発生すれば良いのに!
共犯者のクズ女も赦し難い!
日本で本日、凶悪犯罪者2名の死刑が執行されました。
現在の法務大臣は女性ですが、明仁天皇陛下が退位する前に在庫一掃して欲しいモノです。
※恩賞は犯罪者には与えないで欲しい!
たまたまですが最近、司法の体たらくが露呈する事件が多いですね。
警察の怠慢も甚だ酷いですね。
本当にヨーロッパは犯罪者の楽園ですね。
もっともっと処刑して欲しいですね。
男性の法務大臣は体裁ばかり気にするへたればかりで使い物にならないので、やはりここは女性に頑張ってどんどん執行して頂きたいものです。
発覚していないものも含めたら一体どれほどの被害者が身勝手な欲深い強姦魔のために苦しんでいるんでしょうか。
市川一家4人殺人事件の犯人が死刑になりましたね。
当時15歳の女子高生を車で轢いて病院に連れて行き、その帰りに強姦。
その後奪った生徒手帳を元に女子高生の家に侵入、4歳の子供を含む一家4人を殺害、殺害は女子高生の前でも行われ、また女子高生は家族の遺体の側でも強姦されました。
こんな凄惨な事件を起こした犯人が死刑執行まで20年以上も生き、往生際悪く再審請求を繰り返していたことに深い憤りを感じます。
この犯人も凶行直前に別の女性に全治3カ月の怪我を負わせた上で強姦、暴力とセックスは繋がっていると強く感じたそうです。
やはり強姦魔は捕まらない限り暴力性を伴ってエスカレートしていくと感じました。
そうですね。
野放しになって更に被害者が増える現実に胸が痛くなります。
死刑になりましたね。
鬼畜中の鬼畜でしたから良かったですよ死刑が執行されて。
暴力性は強くなる一方で弱くなる事は絶対ないので最初の時点でさっさと処分すべきです。
私も必要ないと思います。
その粗悪品にお金をかける意味は何もないです。
それよりも真面目に社会で生きている人達に少しでも還元して欲しいものです。
半年で処刑しろと書いてあるのですからきっちりと半年以内に処刑すべきなのです。
この汚物はさっさと処分するに限ります。
ましてや性犯罪者を模範囚として釈放するからもっとパワーアップしてシャバで大暴れされるのです。
児ポ法などの性犯罪者から身を守る法律で一般人を守ろうとする法律はあるのですが、いずれはシャバに出されるのですから全然効果はないと思います!
それよりは今延命されている性犯罪者や殺人犯をとっとと処刑することが先決です!
誘拐罪、強姦罪、殺人罪は死刑のみにしてすぐに処刑すべきなのです。
「半年以内に執行しなければならない」と明記されているのに、法務大臣が拒否してますね。
名目は冤罪を防ぐ為とか言うのでしょうが、結局は死刑を執行する事で浴びる世間からの非難をただ受けたくないだけです。
これは職務怠慢です。
一般企業で職務で決まっている事を行わないと怒られるし、下手したらクビになります。
ただ、死刑を行った際に騒ぐ人権派のせいともいえますが。
そうです。
と言いたいところですが、飯は毎日3食、風呂も一定数は保障、休みはたっぷり、仕事はきっかり8時間とご褒美をたっぷり与えています。
看守や囚人におとなしく従ってさえいればお菓子ももっと余計にもらえ、休みももっと増やすことができるのです。
シャバではその生活すら保障されていない人が巨万といるのに、刑務所はその生活が保障されている人ばかりです。
全然罰を与えるような場所にはなっていません。
2人の死刑囚に死刑が執行されましたが、人を殺したほうが余計にご褒美がもらえるんだなと感じました。
死刑囚は処刑の日までは飯食ってダラダラしているだけでいいのです。
もったいなすぎます。
そんなことさせるくらいだったら、犯人が起こした罪の中で1番軽い罪を一番軽い判決で与えたうえで刑期が終わる日に死刑を執行すれば問題ないのではと思います。
死刑にしたくないのなら死人が増えるように刑務所もシステムも変えるべきなのです。
懲罰制度もそもそも廃止し、問題を起こした囚人は1発アウトで刑務所内で解決すればいい問題です。
それが徹底できれば再犯の可能性はものすごく減少し、税金も浮くはずです。
Dylan schumakerという人です、酷い事件なのでお願いします。。
罰というよりも生活の保障ですね。
以前にも何度も言っていますが、2度と戻りたくないと思わせるくらい過酷にすべきなんですね。
死刑囚は死刑をもって刑罰とするので、基本的に何もしなくていいです。
仰る通り、毎日ダラダラと刑の執行を待ってればいいだけです。
「いつ執行されるかわからない緊張感がある」と言う人もいるかもしれませんが、近年の執行ペースを考えれば刑を言い渡されても最低10年以上はまず執行されません。
なので、10年くらいは何も考えずに余裕で生活出来ます。
とにかく刑務所の中を厳しくして欲しいものです。
>あーさんさん
おはようございます。
知らない人物ですね。
今度調べてみます。
犯罪を起こして快楽を得て、捕まっても偽善の人権で生き延びるのはおかしい
鬼畜に人権は必要ないと思います
報いとして刑務所で惨殺されて欲しいですね
本当ですね。
日本ではまず考えられません。
私もそうなって欲しいです。
ハントリーの弟さんと結婚、離婚されたんだったとおもいます。
マキシーンカーではないです。
申し訳ございません。
単純なミスです。
早速訂正させて頂きました。
しかも2万ポンドの慰謝料ってのも被害者家族へのものよりも高いみたいですね。本当許せないです。
納得いかないですよ。
ふざけは司法としか言い様がありません。