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ティエラ・ゴブル (アメリカ)
【1983 ~ 】



ティエラ・カプリ・ゴブルは、1983年4月18日、アメリカで生まれた。


2004年8月8日、ゴブルはフロリダ州プラントシティでフェニックス・コーディ・パリッシュ (♂) を生んだ。

実の父親はサミュエル・ハンターといった。

だが、生まれて24時間以内に「Florida Department of Children and Families」によってパリッシュは保護された。

ゴブルとハンターに親としての責任能力がないと判断された結果だが、実はゴブルはパリッシュの前にジュウェルという子供を生んでおり、ジュウェルも育児放棄した為、同じく保護された。

ジュウェルとパリッシュはゴブルの父エドガー・パリッシュに一時的に保護される事になった。

また、エドガーはジュウェルとパリッシュをハンターから離す事に同意し、裁判所はゴブルとハンターの両者に子供から遠ざかるよう命令が下された。

エドガーはジュウェルとパリッシュを連れ、アラバマ州ドーサンに移動する。


しかし、2004年10月末までに、ゴブルとハンターはエドガーらの住む家に転がり込み、再びパリッシュと一緒に生活する事となった。


同年12月15日午前1時頃、パリッシュはなかなか眠りにつかなかった為、ご飯を与えてベビーベッドに戻した。

ゴブルは午前9時頃、パリッシュを見に行くと、パリッシュは1人遊んでいた。

ゴブルは眠りにつき、午前11時頃、目を覚ました。

そして、パリッシュを見ると、呼吸していない事に気付いた。

ゴブルは緊急通報し、すぐに救急車が到着しパリッシュは地元の病院に搬送された。

だが、パリッシュは蘇生する事なく死亡する。

パリッシュの死因が不可解だった為、検死が行われる事となった。

すると、驚愕の事実が判明する。

まず、パリッシュの死因だが、頭部に鈍器のような物で殴られた外傷があり、それが原因であった。

また、頭蓋骨は骨折しており、相当強い衝撃を加えられた事がわかった。

更に、肋骨や右腕、両手首がそれぞれ骨折しており、頭部に顔面、頸部、胸部にはそれぞれ複数の挫傷が見られた。

しかも、口の中が傷ついており、何かを無理やり押し込まれた為に傷ついた事がわかり、目からは涙が流れ頬を伝った跡が見られた。

これを受け、パリッシュ死亡から数時間後、ゴブルは逮捕された。

逮捕されたゴブルはパリッシュが眠らない時、暴行を加えた事があり、その際に肋骨が折れた事があったと述べたが、日頃から虐待は行っていないと述べた。

また、頭部の外傷については、パリッシュをベビーベッドに戻す際に頭を打ったかもしれないと話した。

しかし、ゴブルは殺人罪で起訴される。


裁判が行われると、検事がベッドに頭をぶつけたのが致命的な死に至らしめたと話した。

また、パリッシュを診た緊急治療室の医師は、その凄惨な様子を語り、怪我や傷による苦痛は相当なものであったと語った。

ゴブルは虐待したのはハンターであると述べ、自分もハンターに暴力を振るわれていたと証言し、責任をハンターに擦り付けた。

だが、ゴブルの家でパリッシュらの世話をしていた女性が証言台に立ち、日頃のゴブルの様子を語った。

その女性はパリッシュが死ぬ数日前、ゴブルがパリッシュを虐待し、身体中に打撲痕があったのを知っていたが、ゴブルが恐ろしく何も出来なかったと証言した。

また、この女性は生前のパリッシュを見た最後の女性になったが、パリッシュが呼吸していなかった事に気付いたが、911に連絡しなかった。


2005年12月1日、陪審が10対2のゴブルの死刑を支持し、ゴブルには死刑が言い渡された。

また、ハンターには過失致死で有罪判決が下され、懲役刑が言い渡された (2009年2月25日に釈放されている) 。

エドガーは児童虐待の罪で有罪判決が下され、懲役刑が言い渡された (2008年11月3日に釈放されている) 。


最後に判決が言い渡される前にゴブルが書いた手紙の内容で終わりたいと思います。

『私の息子が死んだのは私のせいですが、私はそれが起こる事を想定していませんでした』



《殺人数》
1人


《虐待期間》
2004年10月~同年12月15日




∽ 総評 ∽

実の息子を虐待死させたゴブル。

虐待死させた人物をこれまで何人か紹介してきたが、女性によるものはかなり凄惨で陰惨になる傾向にある。

以前掲載したガートルード・バニシェフスキーやリサ・コールマン、アンジェラ・マカナルティによるものは中でもかなり酷い部類に入るだろう。

ただ、このゴブルの虐待死の特異な所は、前述した3人の内、コールマンが虐待死させたダヴォンタエが9歳で最も若く、バニシェフスキーが虐待死させたシルヴィアに至っては16歳であった。

それらに比べゴブルが虐待死させた子はわずか4ヶ月であった。

個人的に前述した3人が虐待死させた子供たちはまだ抵抗出来る年齢であるのに対し、ゴブルはわずか4ヶ月の赤ん坊であり、全く抵抗出来ないと考えると特に非情といえる。

ゴブルがパリッシュと住み始めたのは10月末で、虐待死したのが12月15日なので、約1ヶ月半の間、パリッシュを虐待した事になる。

これは、前述した虐待死の中では、最も短い期間であったが (バニシェフスキーが約4ヶ月、コールマンが約5年、マカナルティが最低でも5年以上) 、検死結果を見る限り凄絶なものであった。

ゴブルの家にいた世話人が恐ろしくて何も言えなかったと証言したが、ゴブルはよっぽど恐ろしかったのだろう。

以前掲載したアンジェラ・マカナルティも、わざわざ子供を取り返して虐待死させたが、虐待するくらないなら何故わざわざ引き取るのか。

「自分が生んだので自分の物」という考え方により、他人に奪われた事が気に入らないのかもしれないが、とても理解出来ない。

アメリカでは児童虐待の約70%が母親によって行われ、親による子殺しの約65%が母親によって行われていると言われている。

これまで虐待により異常者に成長し、殺人を繰り返したシリアルキラーを何人も紹介してきたが、虐待死するのと異常者となって他人を殺すのとどちらが良いのだろうか?

もちろん虐待された子供が皆シリアルキラーになるわけではないが、何か複雑な心境になる。