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ブライアン・ガルビン (アメリカ)
【1964 ~ 】



1983年7月13日、ブライアン・ショーン・ガルビンは、73歳の女性に暴行を加え、逮捕された。

裁判でガルビンには懲役4年から16年の不定期刑が言い渡された。


1991年5月、ガルビンは友人のトッド・ヘック (♂) を殺害したとして告発された。


このヘック殺害の裁判は長らく続き、3回の裁判を経て、1999年5月に無罪となった (だが、ガルビンによる犯行でほぼ間違いないと言われている) 。


2006年1月30日、ガルビンは友人のクリストファー・コレスニク (32歳♂) の頭を撃って射殺する。

そして、死体を防水布に包みワイヤーで縛り、盗んだバンで運んだ。

実はコレスニクの死体を運んだバンは、ヘッドライトが切れており、死体を運んでいる途中に警察に止められていた。

しかし、警察は注意するに留まり、そのままいかせた。

その後、ガルビンはコレスニク殺害容疑で逮捕される。


2007年8月13日、ガルビンはコレスニク殺害で有罪判決が下された。

裁判でガルビンは終始無言であった。


同年9月6日、ガルビンには死刑が言い渡された。

判決を言い渡された時、ガルビンは

「陪審員は私の殺人を認めたが、私は死ぬべきではない」

と発言した。

このガルビンへの死刑判決は、ペンシルベニア州としては異例の事であった。

その為、ガルビンに対する死刑判決を不服としたガルビンの弁護側が控訴した。

ガルビンの弁護側は
「ペンシルベニア州では過去30年間に死刑判決はたったの3件である」
と主張した。

ガルビンの前では、黒人女性6人を自身の子供を産ませる為に監禁し、その特異な犯行に全米が震撼したゲイリー・ハイドニック以来となった (ハイドニックは1999年7月6日に死刑が執行されている) 。

コレスニクのガールフレンドだったウェンディ・ヘスは、
「私は常に知事がブライアン・ガルビンの死刑執行令状に署名しないと信じている」
と話し、更に
「彼の人生は何の理由もなく奪われた。司法はそれを考える必要がある」
と語った。


2014年9月17日、ガルビンに対する死刑判決の際、陪審による深刻な不正行為が行われたとして新たな裁判を行うよう告げられた。

陪審員の少なくとも1人が、ガルビンとは無関係な殺人事件の犯人をガルビンだと決めつけ、また、ガルビンが陪審員選出の際、保安官の代理人を暴行したという事件を取り上げた。

ガルビンが代理人に暴行を加えたのは事実であったが、それと事件は何ら関係ない為、審理に含む事は禁じられていた。

その為、それらがガルビンの死刑判決に影響を与えたとされた。

裁判官は
「このような情報にさらされた陪審員は、正常な判断が出来ない。そんな凶悪な人物を釈放するという考えには決して至らないだろう」
と語った。


最後に裁判で語ったガルビンの発言で終わりたいと思います。

「友人や家族に愛と支援をしてくれた事に感謝したい」



《殺人数》
2人?


《犯行期間》
1991年5月?、2006年1月30日




∽ 総評 ∽

友人を殺害したとされるガルビン。

ガルビンは以前にも友人を殺害したとされ、告訴されたが無罪となっている。

仮に本当に殺害していたとしたら、友人を2人も殺害している事になり、珍しい殺人鬼と言える。

ガルビンの生い立ちは一切わからないが、18、9歳の時に老婆を暴行しており、まともな人間ではないのは想像に難くないだろう。

私からしてみれば、過去に死刑判決が多かろうが少なかろうが関係ない。

そんな事で死刑にするしないを決められたのでは犠牲者が遺族が救われない。

確かに他の事件を持ち出して判決に影響を及ぼすのは違うような気がするが、そもそもガルビンは殺人と車の窃盗を犯しているのだ。

それだけでも十分凶悪であり、他の関係ない事件や暴行事件云々の前に普通に死刑判決が下される事に違和感は何もない。

窃盗や交通違反程度で死刑判決を下されたのなら話もわかるが、この事件に関して言えば、正直、陪審の不正どうこう等どうでもいい話だ。

何かペンシルベニア州で死刑をいずれ廃止したい為に、無理やり理由をつけて死刑を回避させようとしているようにしか私には感じない。