
ヴィンコ・ピンタリッチ (クロアチア)
【1941 ~ 1991】
ヴィンコ・ピンタリッチは、1941年4月3日、クロアチア・ズリンスキで生まれた。
ピンタリッチの父イリヤは『第二次世界大戦』の間、パルチザンに加わった為、家族は終戦間際にウスタシュに連行された。
1945年6月、ピンタリッチの家族はOZNA (国家安全保障省) のエージェントから殴る蹴るの暴行を浮ける。
OZNAはイリヤにパルチザンから抜け出すよう通告するが、イリヤは拒否した。
その後、2度とイリヤの姿を確認する事は出来なかった (噂では翌日に銃殺されたと言われている) 。
2、3年後、ピンタリッチの母親は再婚するが、義父は重度のアルコール依存症であり、酒を飲んではピンタリッチを虐待した。
この虐待でピンタリッチは精神的に異常をきたしてしまう。
この頃、ピンタリッチは義父について
「いつか報復する」
という事を常に口にするようになり、また、銃器に異様に興味を抱くようになる。
ピンタリッチは違法に銃を所持し、それを密猟に使用した。
しかし、それが警察の知れる所となり、銃を押収される。
ピンタリッチは結婚するが、結婚生活は数ヶ月しか続かなかった。
その後、ピンタリッチはザボクに移り住み、そこで、子持ちの女性カチカ・ティサニッチと再婚する。
再婚後、ピンタリッチは娘が生まれ、しばらくは良い夫として生活を続けるが、幼い頃に受けた虐待の影響は根深く、結婚生活は上手くいかなかった。
1973年4月26日、ピンタリッチは地元の工場で働こうと雇用の申請を行うが、却下されてしまう。
その事にショックを受けたピンタリッチは地元のバーに行き酒を飲んだ。
そして、家に帰ると隣人と口論となり喧嘩となってしまう。
酔っていた事もあり、怒りが頂点に達したピンタリッチは、家に戻ると銃を持ち出し、隣人を射殺した。
隣人射殺後、ピンタリッチは隠れて生活していたが、18日後、自ら出頭して自首した。
しかし、同年9月18日、ピンタリッチは施設から逃亡し、再び隠れた。
同年10月24日、ピンタリッチは妻が裏切り者だという妄想を勝手に抱き、ピンタリッチは兄の家の窓から侵入すると、妻を射殺した。
その後、逃走したピンタリッチだが、酒を飲んで酔っ払い、翌日には妻を殺した事すら忘れていた。
1974年1月20日、警察はピンタリッチの所在を密かに掴んでおり、家を取り囲むと降伏するよう説得した。
ピンタリッチはその降伏勧告に抵抗する事なく素直に従った。
ピンタリッチは2件の殺人で起訴されるが、2件とも酔っていたのでよく覚えていないと無罪を主張した。
しかし、ピンタリッチの無罪は認められず、同年11月18日、ピンタリッチは有罪判決が下され、死刑が言い渡された。
だが、ピンタリッチの刑は懲役刑としては最大の年数である20年に変更された。
刑務所に収監されたピンタリッチは、模範囚として過ごし、8年後、数日間外に出られる休暇を申請した。
しかし、いくら模範囚であったピンタリッチであったが、当局はピンタリッチの異常性による脅威を認識しており、ピンタリッチの嘆願書を全て却下する。
だが、1982年2月21日、ピンタリッチは他の囚人が釈放される際に、そのリストを改竄し、自身の名前を追加させる事で容易に刑務所から脱出する事が出来た。
5日後の26日、ピンタリッチは前に世話になった弁護士に手紙を書いた。
内容は
「嘆願書はこれ以上意味をなさない為、脱出した」
というものであった。
ピンタリッチはドニャ・スタビカという名の女性の家に転がり込み、スタビカにも強盗を手伝わせた。
しかし、1983年4月、スタビカは警察に逮捕される。
ピンタリッチは近所のクセジ家に武装して侵入すると、家の住人を人質にとり、警察にスタビカを解放しなければ30人を殺すと脅した。
だが、家の住人のミラン・クセジとマティジャ・クセジが、包丁を手に取るとピンタリッチに抵抗する。
この反撃によりピンタリッチは右腕を負傷し、その後、駆けつけた警察に逮捕される。
逮捕されたピンタリッチは殺人未遂と30件の窃盗の罪で起訴され、懲役20年が言い渡された。
ピンタリッチはレポグラヴァ刑務所に移送されたが、刑務所での生活は退屈でピンタリッチには耐えられなく、すぐに脱獄を考える。
1989年9月3日、ピンタリッチは1日の休暇を許され外に出ると、刑務所に戻らなかった。
警察はすぐにピンタリッチ捜索を始める。
1990年6月、ピンタリッチはコテージのオーナーであるルドルフ・ベリナ (♂) を訪ね会話を交わした。
だが、ピンタリッチはベリナが裏切ったと勝手に判断し、知り合って数日後、再びベリナを訪ねると射殺した。
ベリナを殺害した直後、ピンタリッチは隣人のバーバラ・シペック (♀) を射殺した。
同年8月2日、ピンタリッチは隣人のボヨ・ヘイベック (♂) を射殺した。
1991年までにザボク警察はピンタリッチ逮捕の為の特別チームを作り、捜査にあたった。
しかし、ピンタリッチを逮捕する事が出来なかった。
その為、ピンタリッチは時間の経過と共に油断し、不注意となっていった。
同年5月、警察はピンタリッチがアンキカ・ブヒニセック (♀) という恋人の家に出入りしているという情報を得る。
同年5月25日、警察はブヒニセックの家を包囲する。
しばらくしてピンタリッチが家を出ると、警察がピンタリッチに降伏を促した。
しかし、ピンタリッチは降伏を拒否した為、ピンタリッチに向かって発砲した。
弾丸はピンタリッチに当たり、負傷したピンタリッチは家の中に戻った。
警察は再び降伏を勧告するが、ピンタリッチは依然として降伏を拒否した。
その代わり、ピンタリッチは弁護士を呼ぶよう頼んだ。
しかし、警察はこのままでは進展しないと考え、催涙ガスを家の中に放った。
ピンタリッチはブヒニセックの胴体に発砲した後、警察に向かって発砲した。
その直後、1人の警官が家に押し入り、ピンタリッチの頭部に目掛けて発砲し、射殺した。
ピンタリッチに撃たれたブヒニセックだが、すぐに病院に搬送された為、一命を取り留めた。
ピンタリッチはレポグラヴァ墓地に埋葬され、墓には何も明記されていなかった。
最後に刑務所から脱出後、弁護士に宛てた手紙に書かれた内容で終わりたいと思います。
「沢山の人々を殺す。これまでは始まりに過ぎない」
《殺人数》
5人
《犯行期間》
1973年4月26日~1990年8月2日
∽ 総評 ∽
『Čaruga of Zagorje (サゴリエのカルーガ) 』と呼ばれ、5人を射殺したピンタリッチ。
ピンタリッチがこれほどの凶行に出たのは、義父からの虐待が原因で間違いなく、ピンタリッチはそれを死ぬまで引きずった。
ただ、ピンタリッチの犯行は酔った上での殺害や強盗等、どれも自分勝手極まりなく、とても救いようがない。
こんな異常者のピンタリッチだが、女性には事欠かなかった。
ピンタリッチが巧みに騙しているのだろうが、個人的に大抵の女性は男の本質を見抜く力が高いと思っているので、それすらもわからないぐらい上手く隠しているのだろう。
最後は警察に抵抗した為に射殺されたが、この時、恋人を撃っている。
これは道ずれとかではなく、恋人がピンタリッチに降伏を促したからとも、恋人がピンタリッチを売ったからとも言われているが真相は闇の中だ。
しかし、何度も釈放され、その都度犯罪を犯す構図をこれまで何人も紹介してきた。
ピンタリッチも最初に死刑となっているにもかかわらず、懲役刑に変更され脱獄される事となった。
死刑確定から変更せずさっさと処刑していればこんな無意味な被害をうむ事はなく、司法がしっかりと機能して欲しいと願う。
コメント
コメント一覧 (15)
そもそも終身刑と言いつつ実際は20年かそこらで出所してしまうのは如何なものかと思います。
この犯人も最初に死刑にしておければ一体何人救われた事か…
私も同じ意見ですね。
「厳し過ぎる」と言われるくらいでいいと思います。
基本的に仮釈放の可能性がない終身刑は人道的にダメだそうです。
じゃ何故終身刑なんて存在するのか?
仰る通り最初の段階でしっかり対応していれば相当な人が被害を受けなかったですね。
いくら酔っていたからといって、妻を殺した事を翌日に忘れてしまうというのは何らかの精神疾患があったのでは。裏切られたと思い込んで殺したりもしてますし。
精神疾患や脳に損傷があったのかもしれませんね。
猜疑心が強く、人を全く信用出来ない所に病気かなと思えますね。
ソヴィエト連邦の2代目指導者スターリン(グルジア人)も5人兄弟だったがスターリン以外は父親の虐待で死亡しています。
ピンタリッチは解離性人格障害では無いでしょうか?幼少時の虐待で発症か!?
厄介なのは日常人格は他人格が表面化している時は行動等が認識出来ないのです。
※ネガティブ性格が片寄り易いらしいです。
最初の殺人は日常人格が殺意を抱き、奥さんの殺害した時は猜疑・嫉妬の人格だったのでは?
しかし解離性人格障害とは云っても本人格が再配分されただけなので凶悪犯罪者である事は間違いありません。
最初の殺人で死刑にしていれば後の殺人は防げたのは確実です!
凶悪犯罪者を甘やかすのは一般社会に脅威以外の何者でもありません。
終身刑について・・・・・
生涯、更生の余地が無いから終身刑なのであれば仮釈放なんて馬鹿げていますし、そもそも更生の余地が無ければ死刑が妥当と云うモノでしょう!
お詳しいですね。
ただ、酷い話ですね。
解離性人格障害の可能性はありますね。
よく「悪魔に命令された」とか言う殺人鬼もその可能性がありますね。
仰る通り凶悪犯罪者の何者でもないですね。
甘やかした結果が後の惨劇に繋がったのは間違いなく、死刑以外の選択肢は皆無ですね。
>名無しさん
ウスタシャというと第二次世界大戦で、ナチスドイツと手を組んで大量虐殺を行った組織ですよね。
ウスタシャの虐殺に比べれば仰る通り小物ですね。
そうですね、今度、調べてみます。
理解した上でというのもあるでしょうね。
「危険な男に惹かれる」という心理なのでしょうか。
まあそういう男性と進んで付き合おうとする女性の人もかなり異常だと思います。
この組織はSS隊員ですらヘドが出るほど残忍でしたが、日本では残虐性の割にあまり知られていないのでぜひとも掲載をお願いいたします!
ウスタシャですか。
聞いた事はあるのですがよく知りません。
酷い話ですね。
まさにこの世の地獄。
世界が戦争を起こしそうな混沌とし緊迫した状態であったのでそれほどの異常な組織が幅を利かす事が出来たのでしょうが、恐ろしいです。
今度調べてみます。
ぜひ彼の掲載をお願いいたします。
なかなかの人物ですね。
かのブレイビクも影響を受けたというのは気になりますね。
今度調べてみます。
もっとも私はどうせ判決が出たとしても処刑にはできなかったので死んでくれてよかったと思っています。
長生きできることを知っていて「俺様のようなかっこいい男に強姦されたことを感謝しろ」や「俺様には良心がある」「俺はレイプ殺人を楽しんできたぜ」などのふざけた暴言を吐いても健康な生活を送れるうえにムキムキマッチョになれる性犯罪者に比べるとずーっといい引き際かなと思いました。
どんな悪行かはあまりわかりませんが、掲載していただけたら嬉しいです。
確かにそうですね。
今度調べてみます。