
トニー・ウォーカー (アメリカ)
【1966 ~ 2002】
トニー・リー・ウォーカーは、1966年4月15日、アメリカで生まれた。
1978年3月21日、ウォーカーは殺人を犯し、テキサス州ダラス郡で第一級謀殺で起訴された (どういう相手でどのような経緯で殺害したか等の詳細は不詳) 。
ウォーカーは有罪判決が下され、懲役5年が言い渡された。
1980年5月8日、ウォーカーは早期釈放となり仮釈放された。
1992年5月23日午前12時30分頃、ウォーカーとジェームズ・コーネリアス (♂) は車を走らせていた。
2人は車内でクラック・コカインや煙草を吸っていた。
気分が高揚したウォーカーとコーネリアスは、ウォーカーの知り合いのウィリー・サイモンズ (82歳♂) とヴァージニア (66歳♀) のシモンズ夫妻の家に向かった。
シモンズの家は2人が今いる場所から近かった。
シモンズの家に向かった理由は、より多くのドラッグとビールを買う為のお金を手に入れる為だった。
当初はコーネリアスはシモンズの家に向かう事に消極的であったが、ウォーカーが強制的にコーネリアスを連れて行った。
ウォーカーがドアをノックすると、家の中から
「誰ですか?」
というウィリーの声が聞こえた。
ウォーカーが名乗るとドアが開き、ウィリーがウォーカーを家の中に招き入れた。
ウォーカーはウィリーにビールを求め、ウィリーはキッチンに行ってビールを持って来るとウォーカーに渡した。
ウォーカーはビールを受け取ると、その代金として50セント (約60円) をウィリーに渡して家を去った。
ウォーカーはビールを飲みながら鉄道の線路側で木の棒を2本拾い再びシモンズの家を訪ねた。
ウォーカーは2本の内1本を忍ばせ、ドアをノックした。
今度はヴァージニアが対応し、ウォーカーを家の中に入れると、ヴァージニアは寝室に戻り、ウォーカーはキッチンに向かった。
キッチンにはウィリーがおり、ウィリーがウォーカーの方へ振り返った直後、ウォーカーは木の棒でウィリーに殴りかかった。
攻撃はウィリーの後頭部に2度ヒットし、激しさのあまり木の棒は折れてしまった。
その為、ウォーカーはドアを開けてドアのそばに置いていたもう1本の木の棒を取り出すと再びウィリーを殴った。
その後、瀕死のウィリーを寝室まで運び、ウィリーの手足を電気コードで縛り、ベッドに結んだ。
ウォーカーはウィリーに警察に知らせるかどうか問いただした。
ウィリーは通報しないと言うが、ウォーカーはウィリーの目の前でヴァージニアを強姦した。
ヴァージニアを強姦した後、ウォーカーはこのまま見逃したらウィリーが警察に通報すると思い、約10分の間考えた後、ウィリーとヴァージニアの頭を交互に殴って撲殺した。
ウォーカーは2人を殺害した後、キッチンに向かいビールを取り出しソファーに座って飲んだ。
その後、ウォーカーはヴァージニアを死姦しようと寝室からリビングへ連れ出し、再びキッチンに向かってビールを取り出し飲んだ。
結局、ウォーカーは死姦を止め、ウィリーの財布から現金を取り出した。
数えると全部で95ドル (約1万2000円) あったので、それをポケットに入れた。
そして、再びキッチンに向かうとビールを飲んだ。
ビールを飲んだ後、ウォーカーはウィリーの電気コードを解き、殺害に使った木の棒や電気コード、ビール缶等証拠となる物を枕カバーに入れ指紋を拭き取ろうとした。
ウォーカーは殺害時に返り血を浴びており、服を脱いでウィリーの服を着、家を出ようとしたが、隣人が起きているのに気付き、裏口のドアから出た。
翌日、警察がシモンズの家に向かうと、血だらけの服を見つける。
そして、それがウォーカーのものだと判明し、すぐにウォーカーを逮捕した。
逮捕されたウォーカーはシモンズ夫妻殺害を白状した。
ヴァージニアの死体からもウォーカーの精液が見つかった。
同年6月30日、テキサス州モリス郡にある地方裁判所でウォーカーの裁判が始まり、ウォーカーは起訴事実を認めた。
1993年11月15日、ウォーカーには有罪判決が下され、死刑が言い渡された。
2002年9月10日、ウォーカーには致死量の注射による死刑が執行された。
享年36歳。
ウォーカーのスペシャル・ミール (最後の特別な食事) は、フライドポテト、フライドチキン5個であった。
ウォーカーへの死刑執行は、2002年、アメリカで死刑が行われた47人の内の24番目であり、1976年にアメリカで死刑が復活して以来796人目、また、テキサス州では死刑が復活して以来280人目であった。
∽ 総評 ∽
知人の老人夫婦を襲い殺害したウォーカー。
ウォーカーはシモンズ夫妻殺害以外、詳細がほとんどなくよくわからない。
どのような幼少期を過ごし、最初の殺人の経緯すらもよくわからず、また、シモンズ夫妻との関係性も知人という事以外よくわからない。
ウォーカーは現金を盗んでいる所からただの強盗殺人に思えるが、老婆を強姦したり死姦も行おうとした所を見ると、どちらかというと快楽殺人鬼に近いだろう。
ただ、少し殺人を躊躇った所を見ると、異常者と言えどやはり知人という事が頭をよぎったのだろうか。
最初の殺人に関してはその際ウォーカーはわずか11歳であり、年齢もあり懲役5年となったのだろう。
この時、もっとまともな対処をしていればもしかしたら後の夫妻殺害もなかっかもしれず、悔やまれてならない。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★☆☆☆☆
・特異性 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・殺人数 3人
《犯行期間:1978年、1992年5月23日》
コメント
コメント一覧 (8)
私も記事を作成していて「あれ?」と思って再び調べてみたんですが、やっぱり載ってなかったんですよね。
後に裁かれていない事を考えると、おそらく加担しなかったんだと思います。
まともな教育は受けてなかったでしょうね。
11歳て殺人って普通誰も考えないですからね。
確かに稚拙で幼稚さは否めないですね。
犯罪が趣味の子供といった所でしょうか。
ビールを飲む余裕を見せてるくせに間抜け過ぎますね。
彼の場合は頭の悪い子供が犯罪を行ったって感じですね。
5年も刑務所に入っていたとなると、我が国の少年法の適用が12歳までなのでこの辺りは日本より厳しいと思います。
5年も入るべき筈が2年で一応出られたということは、模範?か何かですかね。
そして12年ほど音沙汰もなく?過ごせたというのは、まあ何もなく。ただ素行が悪かったと思われるのが
>2人は車内でクラック・コカインや煙草を吸っていた。
アメリカでは普通の薬で気がおかしくなってしまうというのがありますが、
(昨日のURLに書かれているSSRIはコロンバイン高校の犯人が使っていた)
クラック コカインは普通のコカインよりもヤバいやつですよ。Wikipediaにも書いてます。
>https://www.google.co.jp/url?sa=t&source=web&rct=j&url=https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%25E3%2582%25AF%25E3%2583%25A9%25E3%2583%2583%25E3%2582%25AF%25E3%2583%25BB%25E3%2582%25B3%25E3%2582%25AB%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3&ved=0ahUKEwj7zJDFkcLSAhVGyLwKHft5AR0QFggcMAA&usg=AFQjCNGbXkRpPQGsPkRmrPAnZO4g18BW2w&sig2=dKCCrFilUIMOA6_5vDoS5w
で薬物代が欲しいから強盗という事例は学校の授業で習ったことがあるくらいなんで、
よくあるパターンだと思います。
つい最近の我が国でも似たような事件があったような。
まともじゃないですね。
アメリカは日本より間違いなく少年に厳しい国ですね。
私もそれくらい厳しくていいと思います。
もっと厳しくてもいいくらいですが。
おそらく模範という事と少年という事だったと思います。
クラック・コカインというのはそんなに危険なんですね。
私はよく記事を書いていてクラック・コカインが登場しますが、私は詳しく知らないので何も考えず掲載していましたが、知りませんでした。
今度、調べてみます。