
モハンマド・オマール (イエメン)
【1952 ~2001】
1999年12月、イエメンの首都サナアにあるサヌア大学に通っていたイラクの学生 (♀) が行方不明となり、母親が連絡が取れなくなった事を不審に思い、警察に通報した。
通報を受けた警察が捜査を進めると、サヌア大学 (医療大学) で最低でも8人の女学生が行方不明となっている事がわかった。
そして、捜査の結果、2000年5月15日、1人の男性が逮捕される。
男の名はモハンマド・アダム・オマールという48歳のスーダン出身の男性で、オマールは女学生が行方不明となったサヌア大学の死体置き場で働いていた。
逮捕されたオマールの供述は衝撃的なものであった。
オマールはイエメンに来る前に、レバノン、クウェート、ナイジェリア、ヨルダン、スーダンと各国を渡り歩いた。
そして、オマールは7ヶ国1975年からの25年間で実に51人殺害したというのだった。
オマールはイエメンでは51人の内、16人殺害したと話した。
このイエメンでの16人の内の8人がサヌア大学の学生であった。
オマールは女学生を誘拐すると、まず強姦し、そして、頭を殴って撲殺した。
その後、自身の職場である死体置き場に死体を安置した。
また、オマールはただ殺して安置しただけでなく、犠牲者の皮を剥ぎ、手と足を切断し、化学薬品に浸して分解した後、犠牲者の骨を記念品として持ち帰っていた。
オマールの供述をもとに警察はサヌア大学医学部の周辺で15人の女性の死体の残骸を発見する。
15体の残骸の内、6体は頭が無かった。
その後、2体の頭部が見つかり、埋められた残りの部位が見つかった。
また、大学の下水からも死体の残骸が見つかった。
拘留中、オマールはインタビューで
「私はこれまでした事を残念に思います。私を処刑する事で私自身が罪から浄化する事が出来ます」
と話した。
オマールは子供の頃、ウサギを捕まえて殺し、皮を剥ぐ事を楽しんでいた。
そして、22歳の時、殺人を始めた。
裁判でオマールが殺害した女学生の母カリーマー・ムトラクは、
「私の中で唯一の夢は、彼 (オマール) が全ての犠牲者の女性にしたように、バラバラに切られるのを見る事です」
と話し、更に
「もし、その願いが叶わないのなら、私自身の手でサナアの中心部で彼をバラバラにします」
とも語った。
また、オマールは科学的な目的の為に女性を殺害して、その部位を海外に密輸していたのではないかという疑惑も問われた。
現にオマールは取引してもらえる最低3人の共犯者を探していた (しかし、人身売買の件は結局不明のままであった) 。
同年11月20日、オマールは2件の女性殺害で有罪判決となり、死刑が言い渡された。
しかも、オマールには銃殺による死刑が宣告された。
法廷はオマールに犠牲者の家族各々に500万イエメン・リアル (約200万円) を支払うよう命じた。
2001年8月22日、オマールの処刑はサナア郊外で公開され、その様子を一目見ようと3万人の群衆が集まった。
処刑の際、オマールは跪くことを強制され、上半身裸で地面にうつ伏せとなった。
そして、革の鞭で80回背中を打たれた。
鞭打ち後、オマールは頭部を含む3発の銃弾を撃ち込まれ死亡した。
オマールの死体は埋葬されたが、その場所は秘密にされた。
最後に、拘留中に殺人について語ったオマールの言葉で終わりたいと思います。
「私は美しい女性を殺したいという衝動に抗う事が出来なかった。私は美しい女性を見ると、時には自身を憎みました。私の中で何かが起こりました。そして、私は全く抵抗する事が出来なかった」
∽ 総評 ∽
『The Sanaa Ripper (サナアの切り裂き魔) 』と呼ばれ6ヶ国に渡り51人殺害したオマール。
オマールは51人殺害したと供述したが、実際見つかっているのは16人だけだ。
シリアルキラーの多くは自己申告が多く、その殺害数の信憑性は何とも言えない事が多いが、このオマールに関しては6ヶ国を渡り歩き、しかも、国がアフリカや中東という事もあり、多分本当だと思われる。
もしかしたらもっと殺している可能性すらあるだろう。
オマールは大学の死体安置所で働いていたが、それを利用して死体を安置していた。
大学構内はオマールによる死体遺棄場と化しており、あちこちに女学生の死体がばら蒔かれたまさに地獄絵図の様相を呈していた。
普段、大学に通っていた学生たちは自身の通う学校でまさかそんな事が起こっていると夢にも思わなかったであろう。
また、国柄にもよるが、死刑の方法がこのイエメンのように世間的には残酷な国も多い。
個人的には賛成であり、もっと苦しむよう残酷な方法で良いと思うが、こういう事を言うと死刑廃止論者から批判を受ける。
昨日、北海道釧路市で30代の男が
「人生を終わらせたかった。人を殺せば死刑になると思った」
と考え、イオン店の買い物客に切りつけて1人殺害したが、こういう事件が発生すると死刑廃止論者は必ずと言っていいほど、
「死刑があるからだ。国に処刑してもらう為に凶悪犯罪を犯した」
と声高らかに発言する。
確かにこの男はきっかけとしてそうなのかもしれないが、では死刑がなければこの男は事件を何も起こさなかったのだろうか?
元々1人孤独に自殺も出来ず死ねないような小さい男が、死刑がなかったらどうしたであろうか?
死刑を諦めて真っ当にいきるのか?
そんな事は絶対ない。
むしろ、もっと酷い事件を起こした可能性すらある (そもそも「1人殺して死刑」というのは今の日本では余程の事がないとまず下されない) 。
統計的に刑罰は厳しくしても犯罪は減らないと言われているが、軽くしても増える事はあっても減ることはない。
どちらにせよ減らないなら厳しい方がいいに決まっている。
話がそれたが、昨日の男は個人的には本人の望む通り今すぐにでも死刑にして良いと思う (ただ、こういう自殺も出来ない男は、実際死刑が執行されるとなると、失禁したり死にたくなくて暴れたりするのが定番だが) 。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★★★★★★★★☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 51人
《犯行期間:1975年~1999年12月》
コメント
コメント一覧 (15)
死に場所(死刑??)求めて事件起こす連中はたまにいますが、
安楽死制度があればしないのか??
と言うと違いますよねきっと。
被害者および遺族が不幸な目に遇っているのは、自業自得ではありません。
なかには本人の不徳の致すところの場合もあるでしょうが、それも程度問題です。
残された遺族は国家に訴えるしか術はなく、国家は全力をあげて遺族を救う必要があります。
司法制度は極力遺族の思いを汲み取るべきだし、(「死刑にだけはしない」ような)刑に制限を付けるほうがおかしいのです。
それにしても、この男のメヂカラ、凄いですよねぇ・・・
安楽死制度良いかもしれないですね。
「死にたくても自分では死ぬ勇気がない」という人には良いと思います。
ただ、人道的にまず制定される事はないでしょうね。
>SAXONさん
その通りですね。
もし、殺害の程度において遺族が加害者に復讐出来るのなら死刑はいらないと思いますが、まず無理なので国家で処刑してもらうしかありません。
目力確かに凄いですね。
色々写真あったのですが、一番印象に残ったのでこの写真にしました。
>おっさん
そうですね。
目が完全に恐ろしいですよね。
死刑は無くなってはいけません。
仰る通り100年とか凶悪犯罪起きないのであれば、廃止してもいいかもしれませんが、まず、無くなる事はないので、存続して欲しいです。
あと、気になったのですが、この男の出身国ってイエメンなんですか?
申し訳ございません。
記載するのを忘れてました。
北アフリカのスーダン出身です。
早速、追記させて頂きました。
質問に答えていただいてありがとうございます。
こちらこそ言って頂き誠にありがとうございました。
撲殺なので鈍器なようなもので殴ったのだと思います。
何でというのは流石にわかりませんね。
そうだったんですね。
鈍器だと思いますが、詳しい道具はわかりませんね。
目付きは他の方も仰ってる通りかなり恐ろしいですね。
彼は北イエメンの大統領を務め、イエメン内戦で南(イエメン)軍に勝利した後はイエメンの大統領になった。
その後はイランと友好関係を維持し、強大な権力でイエメンの過激派を封じ込めることに成功した。
しかし2011年、アラブの春が起き、盤石だった彼の地盤が崩れ始め2012年に大統領をやめる。
後任はスンニ派のハディーが就任するが、そんなに強力な地盤ではなかった。
そのせいでイエメンはだんだん治安が悪化し続け、2015年ごろから内戦が勃発し、反政府側のゲリラである「フーシ」側でイエメン政府軍に参戦したが、2016年ごろからフーシとの関係が悪化し、2017年の12月に同盟を解消。
その数日後、「裏切り者」としてフーシに殺されてしまった。
イエメン内戦のひどさを知っていただくために彼の掲載していただきたい。
先日、他の方にサレハを掲載して頂きたいと言われました。
今注目の話ではあるので、今度調べてみます。