
ダイアナ・ルンブレラ (アメリカ)
【1958 ~ 】
ダイアナ・ルンブレラは、1958年11月21日、アメリカ・テキサス州で生まれた。
1974年、ダイアナわずか17歳でライオネル・ガルサと結婚する。
結婚した2人であったが、若いという事もあり結婚当初から家庭は上手くいかなかった。
しかし、上手くいかないながらも結婚生活は続き、1975年に長女メリッサを生む。
翌年1976年には次女ジョアンナを生む。
だが、ジョアンナは生まれてわずか3ヶ月で死亡してしまう。
ダイアナが言うには、ジョアンナが突如痙攣を始め、その後、呼吸が止まったという。
しかし、病理学者の報告では首を絞めた事による痙攣性疾患が原因だとされた。
だが、結局、ジョアンナの死は病死とされた。
1977年、ダイアナは長男ホセ・ライオネルを生む。
1978年2月10日、ダイアナはボビーナ緊急治療室にホセを連れてやって来る。
ダイアナはホセもジョアンナ同様突然痙攣を起こし、呼吸が止まったと医者に話した。
ホセはジョアンナとは違い、病院に来た時にはまだ生きていた。
その後、医師の必死の治療によりホセは一命を取り留めたが、医師はいくら調べても痙攣の原因を見つける事が出来なかった。
そして、ホセは小児集中治療室に移された。
同年2月13日、ホセは安定した状態になっていた。
しかし、ダイアナは夫ライオネルに
「ホセが死にかかっている」
と話していた。
午後6時半頃、ダイアナが涙を流しながら病室を出て行く姿を看護婦が確認する。
その直後、ホセがチアノーゼを起こしている事が判明する。
すぐに治療を行い、再びホセは一命を取り留めた。
同年10月2日、ダイアナは今度は長女メリッサを連れて病院にやって来た。
メリッサはジョアンナ同様病院に到着していた時にはすでに死亡していた (この時、メリッサ3歳) 。
ダイアナはこれまでの立て続けに起こる不可解な子供の痙攣について医師に話した。
1979年、ダイアナはライオネルと5年の結婚生活に終止符を打った。
その後、ダイアナは取っ替え引っ替え何人もの男性と交際するようになる。
その為、1980年に三女メリンダを始め、7年間に実に3人の子供を生んだ。
しかも、その子供たちの父親は全員違っていた。
同年10月8日、ダイアナは従姉妹の娘エリカ・レオノール・アレマン (生後6週間) とドライブに出掛けた。
ドライブに出掛けて30分後、アレマンが痙攣を起こし地元の病院に緊急搬送された。
しかし、搬送された時にはアレマンはすでに死んでいた。
だが、わずか4年間で3人の家族が亡くなり、しかも原因が全員痙攣という事実がありながら、医師は全く疑う事はなかった。
1982年8月17日、メリンダ (この時2歳) が自宅で死亡する。
死因は急性心臓麻痺とされた。
1983年10月、ダイアナは次男となるクリストファー・ダニエルを生む。
1984年3月25日、ダニエルは耳感染症にかかり治療を受ける。
だが3日後、ダニエルは再び病院に戻る事になるのだが、今度は緊急治療室に入る事になる。
ダニエルは敗血症にかかっており、間もなく死亡する。
しかし、3日前に耳感染症の治療を受けた際、血液検査を行っていたが、敗血症の症状は見受けられなかった。
明らかにおかしな状況であったが、例外もあるという事でそのままにされた。
1985年、ダイアナはカンザス州に引っ越す。
カンザス州へ引っ越してすぐに新しいボーイフレンドが出来たダイアナは、1986年2月21日、三男ホセ・アントニオを生む。
1990年5月1日、アントニオ (この時4歳) が病院に搬送される。
緊急治療室に運ばれた時にはアントニオはすでに死んでいた。
アントニオは死んだ時、4歳と3ヶ月であったが、これはダイアナの子供の中で最も長生きした子供であった。
このアントニオの死に疑問を抱いた医師が警察に通報する。
駆けつけたジェームズ・ホーキンズ刑事が今までの子供たちの相次ぐ不審死の資料を整理し、ダイアナ本人に尋問し、同年5月5日、ダイアナは逮捕された。
同年7月、テキサス州パーマー郡でダイアナの裁判が開かれ、ダイアナは第一級謀殺で起訴された。
裁判では死亡した子供たちの様子が明かされ、それらの死因がダイアナの絞殺により引き起こされたものだと検察側は主張した。
裁判ではダイアナの子供たちには3000ドル~5000 (約45万円~70万円) ドルの保険金が掛けられている事も判明した。
1991年5月30日と同年6月6日、ダイアナには終身刑が言い渡された。
∽ 総評 ∽
自身の子供を含む親類の子供7人を殺害したダイアナ。
このダイアナのように自身の子供を殺害する女性の場合、通常は『代理ミュンヒハウゼン症候群』の可能性が極めて高い。
この症状は自分以外の人間 (主に自分の子供) を傷付けたり殺害する事で同情を集め、その快感に心を満たすという精神疾患である (不思議な事にこの疾患は男性にはほとんどみられない) 。
この症状の危険な所は1度では満足せず、次も次もとどんどんエスカレートしていく所である。
子供によっては何度も何度も実の母親に傷つけられ、その度に病院に行ったり入院したりを繰り返し、挙げ句の果てには殺される可能性を秘めている。
ただ、ダイアナは子供たちに保険金を掛けていたので、完全に『代理ミュンヒハウゼン症候群』とは言い難いかもしれない。
となると、自分の子供を普通にお金の為だけに次々殺害したという事になり、それはそれで余計に恐ろしい。
ダイアナの危険な所は、自身の子供だけでは飽きたらず、従兄弟の子供など親類の子供も殺害している所だ。
ただ、もし最初のジョアンナの死亡の際、医師が少しでも疑問を抱き、警察に連絡していればもしかしたらそれ以上被害が増える事がなかったかもしれないと考えると、悔やまれてならない。
だが、あくまで個人的意見だが、赤の他人が殺害されるよりはまだましだとは思う。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★★☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 7人
《犯行期間:1976年~1990年5月1日》
コメント
コメント一覧 (2)
しかし、男をとっかえひっかえしている時点で誰も『献身的な母親』とは見てくれないという事はすぐに気付きそうなものなのに、何で犯行をやめようとしなかったのでしょうか。
・・・やはり、金目当てだったのでしょうか?
献身的な母親としてみて欲しかったのなら、世間様を馬鹿にするにもほどがあるし、お金目当てだったとするならば親失格だし、どちらにしても恐ろしすぎる犯人ですね。
私も詳しく知らないのですが、確かイギリスだったと思いますね。
以前掲載した同じくアメリカで子供を次々と殺害したメアリベス・ティニングは典型的な『代理ミュンヒハウゼン症候群』ですが、この女性の場合は保険金も絡んでいるので、完全な『代理ミュンヒハウゼン症候群』とは言い難いですね。
個人的には3人目くらいで普通ではないと感じますが、何故、誰もそう思わないのでしょうかね。