
アラン・カイト (イギリス)
【1964 ~ 】
1964年7月7日、イギリス・スタッフォード、ストーク=オン=トレントでカイトは生まれた。
その後、カイトはスタッフォード・リッカーズコートの閑散とした地域で育った。
カイトは幼少の頃から病弱で、慢性的な喘息持ちであった。
その為、吸入器を持ち歩くのが常だった。
また、カイトには2人の姉妹がいたが、母親と姉妹はカイトを溺愛し、カイトは甘えられて育った。
カイトは学校に友人がいなく、目立たない存在だったカイトの事を同級生はよく知らなかった。
カイトの幼なじみは、
「彼は仲間とプールに行ってもすぐに1人で帰って行った」
と当時の様子を語った。
また、ガールフレンドはおろか女性と話したりする事もほとんどなかった。
カイトは学校を出ると、様々な仕事に就いたが、どれも長続きしなかった。
この頃のカイトは友人によると、ホテルやホステルにしばしば泊まり、1週間旅行に出掛けたりしていた。
また、それと同時に仕事を探していたと語った。
そして、カイトはトラック・ドライバーとして働き始める。
1993年12月30日、レスターシャー、スウィンフォードで売春婦のローリー・リージス (20歳) の死体が発見される。
リージスはバーミンガムのバルサルヒースで誘拐され、スウィンフォードの道路脇に死体が無造作に捨てられ、死因は絞殺であった。
1994年3月3日、レスターシャー、ラターワースの道路脇で、売春婦のトレイシー・ターナー (33歳) の死体が発見される。
実は、死体が発見された時は、その死体がターナーのものとはわからず、ターナーだとわかるのは数週間後であった。
ターナーはスタッフォード出身で、耳が不自由であったが、売春婦として働く傍ら、高速道路のサービスステーションで働いていた。
また、ターナーは新しい仕事の為に勉強もしていた。
ターナーの死体は全裸であり、絞殺されていた。
警察はこの2人の殺人を連続売春婦殺害事件と判断し、捜査を進めるが、犯人の特定には至らなかった。
その後、カイトは別の犯罪で逮捕され、刑務所に収監される。
カイトはその刑務所で、別の囚人に以前犯した売春婦殺害を自慢気に話した。
それを聞いた囚人は密告し、カイトのDNA鑑定が行われた。
すると、リージスとターナーに残されたDNAがカイトのものと断定される。
1998年12月、カイトはリージスとターナー殺害容疑で再逮捕された。
2000年3月14日、ノッティンガム裁判所でカイトは2件の殺人で有罪とされ、終身刑が言い渡された。
しかし、実は1990年10月から1994年5月までの間で発生していた他の6件の未解決殺人事件もカイトによるものだとされ、カイトもそれらの殺人は自分がやったとほのめかしていた。
だが、証拠がなかった為、その6件についてカイトが裁かれる事はなかった。
∽ 総評 ∽
『The Midlands Ripper (中西部の切り裂き魔) 』と呼ばれ、売春婦を殺害したカイト。
切り裂き魔というあだ名をつけられてはいるが、カイトの殺害方法は絞殺であった (詳細はないのでわからないが、最終的な殺害が絞殺であって、それに至る経緯はナイフ等で切り刻んでいる可能性は高い) 。
カイトは子供の頃から病弱で甘えられて育ち、学校には友人がいないという殺人鬼の典型的な幼少時を過ごした。
また、仕事が長続きしないのもシリアルキラーの典型であった。
カイトのように自身の犯行を他人に自慢する殺人鬼は多い。
正直、とても賢いとは思えないが、事件が明るみになり罰せられるという事を考えればとても良い事である。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★☆☆☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 2人 (他に6人殺害した疑い)
《犯行期間:1993年12月30日、1994年3月3日》
コメント
コメント一覧 (4)
ひとつのパターンでもあります。
我が国にはこの種の連続殺人はあまり見かけませんね。
売春婦自体が少ないせいもあるんでしょうが。
仰る通りですね。
いじめなどで鬱屈した性格になり、その腹いせを売春婦等の弱者に向けるのでしょう。
日本は女性自身が立って客引きする売春がほとんどないので、被害が出にくいのでしょうね。
なんか日本はこんな記事を書かれてるようで…
↓
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ttp://blog.m.livedoor.jp/honmo_takeshi/article/45821307
興味深い内容ですね。
ちょっと読んでみます。