
ヴラド・タネスキ (マケドニア)
【1952 ~ 2008】
タネスキはマケドニア共和国 (旧ユーゴスラビア) キチェヴォで生まれた。
タネスキはマケドニア共和国の首都スコピエに拠点を置いている新聞社『ウトリンスキ・ヴェニスク』で20年以上働くベテラン記者であった。
そんなタネスキは結婚して2人の子供がいたが、妻はタネスキの母親と上手くいかず、後に別居した。
その後、母親は病死し、父親も1990年に自殺した。
2005年、ミトラ・シミャノスカ (64歳♀) が誘拐され、死体姿で発見される。
シミャノスカは全裸で、ビニール袋に入れられた状態であった。
死因は首を絞められた事による絞殺で、首には電話線が巻き付けられていた。
また、シミャノスカは肉体的に暴行を受け、強姦された跡があった。
2007年2月、リュビカ・リコスカ (56歳♀) が誘拐され殺害される。
リコスカはシミャノスカ同様、暴行の末、強姦され首を電話線で絞められ殺害された。
リコスカの死体も全裸で、同じくビニール袋に入れられていた。
警察はシミャノスカとリコスカ殺害は同一人物によるものだと判断し、捜査を進める。
そして、捜査線上に複数の男性容疑者が見つかり、警察は全員を逮捕、起訴した。
逮捕された容疑者達は皆無実を訴えたが聞き入れられず、有罪判決を受け刑務所に収監された。
しかし、2008年5月、ジヴァナ・テメルコスカ (65歳♀) が殺害された事で状況が一変する。
テメルコスカも前2人と同じく暴行の末、強姦され、首を電話線で絞められ殺害されるという同じ手口で殺害されたからだった。
しかも、テメルコスカは頭部に13ヶ所に及ぶ深い傷があり、肋骨も数本折られていた。
また、全裸にされビニール袋に入れられ遺棄されていた。
2008年6月22日、警察はタネスキを逮捕する。
タネスキが逮捕された理由は、タネスキが働いている新聞社が掲載した殺人事件の記事に、警察だけしか知り得ない未公表の情報が掲載されていたのだが、その記事の詳細を書いたのがタネスキだったのだ。
また、タネスキは逮捕当時、スコピエ南西約120kmの出生地であるキチェヴォに住んでいたのだが、殺害された3人も全員同じ区域に住んでいた。
殺害された3人は全員十分な教育を受けておらず、掃除婦として働いていたのだが、タネスキの母親も生前同じく掃除婦として働いていた。
その為、タネスキは母親の面影を求めて殺害に至ったのではと推測された。
更に警察は2003年に行方不明となっている78歳の老婆についてもタネスキによる犯行だと踏んでいた。
逮捕されたタネスキはリコスカとテメルコスカの殺害は認めたものの、シミャノスカ殺害は否認する。
また、2003年に行方不明となっている老婆についても否認した。
しかし、犠牲者から発見された精液のDNAとタネスキのDNAが一致した為、タネスキの犯行は揺るがないものとなった。
翌日の23日、水の入ったバケツに頭を突っ込み、溺れ死んだタネスキの死体が発見される。
警察は事故や殺人ではなく自殺と発表した。
タネスキ逮捕前に誤認逮捕され、収監された男性らは、シミャノスカとリコスカ殺害については冤罪となったが、別件で老人を殺害した罪を認めた。
タネスキが勤務していた『ウトリンスキ・ヴェニスク』の編集長リュプコ・ポポフスキは、事件を知ると
「我々は皆衝撃を受けている。彼は非常に寡黙な男性であったが、あんなことをするような人間ではなかった」
と語り更に
「彼は記者として20年以上勤め、80代半ばにはジャーナリストとして最高の評価を得ていた」
と驚きを隠せないでいる。
∽ 総評 ∽
高齢の女性を誘拐し、強姦して絞殺したタネスキ。
タネスキの殺害動機はよくわからないが、あまり良好な幼少時代を過ごしているようでなく、そこに原因があると思われる。
狙った相手が50代以上の女性ばかりだったが、高齢の女性を標的にするシリアルキラーは意外に多い。
ただ、この手の殺人鬼は何らかの原因があり、タネスキは前述した通り、高齢の女性達に母親の面影を投影し、襲ったのではないかと思われる。
また、タネスキは殺害方法や殺害後の死体遺棄の仕方も統一しており、自分なりにこだわりを見せた。
こだわるシリアルキラーは多いが、そういったシリアルキラーは大体が知的で秩序型の場合が多い。
ただ、冤罪だと思われた容疑者が、実は他に殺人を行っていたというのは驚きと同時に、捕まって良かったと思う。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 3人以上
《犯行期間:2005年~2008年》
コメント
コメント一覧 (17)
そうですね。
それが一番ですね。
いったい母親と何があったのか非常に興味深いです。
ただ、異常者の心理ですからね。常人には計り知れないところがあります。
詳細がないのでわからないのですが、母親が急に死んだ事がショックだったのかもしれませんね。
親子の愛情がどれほどだったのかわからないので、何とも言えませんが。
>girlさん
そうですね。
秩序型は本人たちも冷静ですから、こだわりにも本人なりの意思表示があるのだと思います。
こだわり方は千差万別ですが、仰る通り異常者の心理なので理解は出来ないですね。
母親と殺された三人の間には何かトラブルがあったのかも知れませんね。
殺害方法をみるとやはり怨恨の線が強いように思われます。
気になるのは、母親が死んで随分経ってから犯行を開始していること。
タネスキは約15年間、復讐の計画を練っていたとか?
コレちょっと考え過ぎですかね笑。
失礼いたしました。
そうですね。
15年以上の空白の期間は何だったんでしょうか。
それなりの仕事に就いていたので、当初は何とかやっていこうと頑張っていたのが、15年経ってついに精神に破綻をきたしたのかもしれません。
雨と母親に似た人。で恐怖の感情が爆発したんでしょうが、この殺人鬼も発動するスイッチが何かのきっかけで、押されたのかもしれません。
なるほど、確かに彼も15年後に何か引き金となる出来事に遭遇したのかもしれませんね。
ただ、そのきっかけというのは本人以外にはわからないので、どうしようもないですね。
生まれた時からの脳障害は別として、普通に生まれた場合は虐待でもない限り異常に育つという事はまずありえません。
子供の頃にされた事はそれが当たり前だと思うので、成長したら同じ事するのは必然的なのかもしれませんね。
そんな人物がいたのですね。
今度、調べてみます。
掲載してくれたらすごくうれしいです
明日もよろしくお願いします。
こんばんは。
知らなかった話ですね。
かなり興味のそそられる話ですね。
今度調べてみます。
こちらこそよろしくお願い致します。
えん罪の悲劇の被害者が実はやっぱり別件は犯人だったというのは怖いですね。
マケドニアと言う国柄だともっと殺していたりして
話は変わりますが、東欧最悪の大量殺人事件「スレブニツァ事件」を掲載していただけたら幸いです。
ユーゴの謎の異常者、アルカンを掲載を掲載を所望します。
本名はジェリコ・ラジュナトビッチといい、幼少期は軍隊式の教育で育ちました。
その後数々の国で凶悪犯罪を繰り返しました。
ユーゴに戻った時にはマックスにパワーアップして、民兵団のボスにまでなっていました。
しかし、2000年に敵対勢力に殺されてしまいました。
可能性はありますね。
もっと殺害している可能性も否定は出来ないですね。
聞いた事のない人物ですね。
今度調べてみます。