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モニンデル・パンダー (インド)
【1957 ~ 】



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スレンドラ・コーリ (インド)
【1970 (1971) ~ 】



モニンデル・シング・パンダーは、1957年8月1日、富裕層の家に生まれた。

パンダーは南インド・カルナータカ州の州都バンガロールにあるジョップコットン校を卒業する。

この学校は100年以上の歴史を持つ、インドでも屈指の名門校であった。

パンダーは運送会社を経営し、実業家として成功を収め、インドでも有数の資産家として名を馳せた。

その為、パンダーはインド与党の政治家たちとも繋がりがあった。

パンダーは結婚し、1人息子がいたが、後に息子はカナダに留学し、妻とは別居した。

そんなパンダーに使用人として雇われていたのがスレンドラ・コーリであった。


2005年2月8日、コーリはインド・ノイダで主に少女や幼児を誘拐。

そして、誘拐した少女や幼児を強姦して暴行の末、コーリが首を絞めて殺害する。

殺害すると体を3つに切り刻み、頭を切断して排水口に捨てた。


犯行は2006年10月25日まで行われ、その間行方不明になった幼児は40人以上であった。


同年12月27日、コーリは逮捕され、これまでの犯行を自白する。


2007年2月6日までに発見された遺体は17体となり、その内、11体が少女であった。

コーリはパンダーによって指示されて犯行に及んだと供述し、これを受けてパンダーも逮捕された。

パンダーの家の排水路からは骨や遺体の一部、被害者が身に付けていたゴムのサンダルや水玉模様のブラウス、小さい青いシャツや
プラスチック製のアクセサリー等、いくつも発見された。

大量の遺体が見つかったパンダー家は腐敗臭に充ち溢れていた。

また、それら遺体を検死したところ、死体は肉屋のような精度で切断されている事が解った。

事件が公になると、インド全土が震撼すると共に、警察への不信感が高まった。

それは、パンダーとコーリが幼児や少女を殺害している間、被害者の親たちは警察に行方不明届けを出しているにも関わらず、黙殺されていたからだった。

また、警察は黙殺どころか親たちにまるで自分たちに非があるかのような蔑視な発言を行っていた事もわかった。

市民のやるせない怒りはパンダーの家に向けられ、事件発覚後、パンダーの家には投石が相次いだ。


2009年2月13日、パンダーとコーリは有罪判決が下され、2人にはそれぞれ死刑が言い渡された。


しかし、同年9月10日、パンダーは逆転無罪となり、釈放された。


2014年9月7日、最高裁判所はコーリの刑を死刑から終身刑に変更した。

余談だがノイダはインドの首都ニュー・デリーに隣接する都市で、近年はIT関連の企業が軒並み名を連ね、世界一と言われる高層ビルを建設する予定もある発展著しい町であった。



∽ 総評 ∽

『Butcher of Noid (ノイダの斬殺者) 』と呼ばれ、幼児や少女ばかりを誘拐し、強姦して殺害したパンダーとコーリ。

パンダーは裁判で無罪となってしまった為、法律上はこの事件では犯人ではない。

しかし、コーリがパンダーに指示されたと言っており、コーリが逮捕されて尚そんな嘘をつくとはとても思えない。

間違いなく、パンダーは事件の首謀者であろう。

ただ、コーリはご主人様に命令されたという事で理解は出来るが、パンダーの動機がわからない。

パンダーは裕福な家庭に生まれた成功者であり、生活自体に不満はなかったであろう。

ただ単にパンダーが異常者だったのだろうが、何故そうなったのかいまいちわからない。

パンダーとコーリによる正確な被害者数は不明だが、行方不明となっている40人はほぼ2人の犯行だと思って間違いないと思われる。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★★☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 19人以上

《犯行期間:2005年2月8日~2006年10月25日》