
ブライアン・デューガン (アメリカ)
【1956 ~ 】
ブライアン・ジェームズ・デューガンは、1956年9月23日、アメリカ・ニューハンプシャー州ナシュアで生まれた。
父親をジェームズ、母親をジェヌビエーブといい、デューガンは男3人女1人の4兄弟の2番目であった。
デューガンは主治医が到着する前に生まれそうになった為、生まれてくるのを遅らせる為に看護師とインターンがデューガンの頭を押して母体の内部に押し戻した。
その為、デューガンは脳を損傷した可能性が高かった。
デューガン8歳の時、家のガレージに火を点け焼き払う事件を起こしている。
デューガンの両親ジェームズとジェヌビエーブは1967年頃にはアルコール依存症となっていた。
一家はその後、イリノイ州ライルに引っ越す。
デューガンは10代の頃、出生時の脳のダメージにより、頭痛と嘔吐に悩まされる。
デューガンはその影響からか寝小便が成人になっても治らず、しかも、それらの苦痛から逃避するかのように薬物に手を染め、依存するようになった。
そんなデューガンは、精神異常の典型的な症状を示すようになる。
デューガン13の時、デューガンは猫等の小動物にガソリンをかけ、火を点けて殺害するようになる。
1972年、デューガンは強盗と放火により逮捕状が出され、デューガンはアイオワ州から逃亡する。
しかし、デューガンは逮捕され、有罪判決を言い渡された。
1974年、デューガンは銃を所持して10歳の少女を脅し、誘拐しようとして逮捕された。
1975年、デューガンは少女誘拐で告訴されるが、後に釈放された。
しかし、デューガンは1979年から1982年の3年間、メナード矯正施設に入れられた。
1983年2月25日、イリノイ州ネイパービルに住むジニーン・ニカリコ (1972年7月7日生まれ10歳♀) が真っ昼間に自宅から連れ去られる。
ジニーンの両親は仕事で家には居らず、ジニーンの姉妹は学校に行っていた。
ジニーンはこの時たまたま風邪を引いて学校を休んでおり、1人で家に居た所を誘拐されたのだった。
ジニーンの死体は2日後の2月27日に見つかったが、家から6マイル (約10km) 離れた場所で発見された。
ジニーンは強姦されており、その後、殴り殺された。
このジニーン殺害で逮捕されたのはローランド・クルースとアレハンドロ・エルナンデスの2人で、2人はギャングのメンバーであった。
2人は犯行を否認しており、しかも、証拠不十分にもかかわらず起訴されてしまう。
結局、無実を訴え続けたが聞き入れられる事はなく、2人には有罪判決が下され、死刑が言い渡された。
1984年7月15日、イリノイ州ジェノバで、ドナ・シュノル (27歳♀) は信号で車を止めた。
シュノルは看護師であり、結婚していた。
シュノルを見たデューガンはシュノルを気に入り、シュノルの車を追っ掛けた。
シュノルが車を止め降りると、すかさずデューガンはシュノルを自分の車に拉致し、車を走らせた。
そして、人気のない採石場に着くと、シュノルを殴り強姦する。
その後、採石場でデューガンは水溜まりにシュノルの顔を押し付け、溺死させる。
1985年5月6日、デューガンはイリノイ州北オーロラで、シャロン・グラジェク (21歳♀) を誘拐し、強姦する。
同年5月28日、道を歩いていた19歳の女性を誘拐しようとするが失敗する。
翌日の5月29日、16歳の少女を誘拐し、強姦する。
同年6月2日、イリノイ州ソモノークでメリッサ・アッカーマン (7歳♀) とその友人オパール・ホートン (8歳♀) は自転車に乗っていた。
デューガンは2人に近付くと、最初にホートンを掴み車の中に拉致した。
次にデューガンはアッカーマンを掴まえ、車に拉致しようとしたが、その最中にホートンは車から逃げ出した。
デューガンは仕方なくアッカーマンだけを連れ走り去った。
アッカーマンの遺体は数週間後に見つかった。
警察はデューガンの魔の手から逃れる事のできたホートンに話を聞き、犯人をデューガンと断定する。
アッカーマンが誘拐された翌日の6月3日、デューガンは職場で働いている所を警察に逮捕された。
デューガンは死刑を回避する司法取引に応じる代わりに全ての犯罪を自供する。
この自供にはもちろんジニーン殺害も入っており、無実を訴えていたクルースとエルナンデスは無罪となり釈放された。
同年11月19日、デューガンには懲役215年と2つの終身刑が言い渡された。
2009年12月16日、デューガンには死刑が言い渡された。
しかし、2011年7月1日、イリノイ州において死刑廃止が施行された為、デューガンは死刑から終身刑に変更された。
∽ 総評 ∽
生まれた際の強引な押し込みが頭部に損傷を受け、異常な精神状態となってしまったデューガン。
以前にも頭部にダメージを受けた事により異常になってしまい殺人鬼となった人物を紹介したが、100%それが原因とはもちろん断定出来ない。
ただ、もしそれが原因であったなら、デューガンにも言い分があるだろう。
デューガンは成人になっても夜尿症が治らず、しかも、子供の頃には動物虐待を繰り返すという典型的な殺人鬼の様相を示した。
夜尿症は病気でなる人もいると思うので別として、子供の頃の動物虐待はかなり危険なサインであり、この段階で手を打つ必要が十分にある。
誤認逮捕された2人は無実を訴えたにもかかわらず、裁判で死刑が言い渡された。
ギャングという事で怪しまれたわけだが、2人の日頃の品行は別として、執行される前に無罪となって本当に良かったと思う。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 3人 (他強姦被害者多数)
《犯行期間:1983年2月25日~1985年6月2日》
コメント
コメント一覧 (8)
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こ、これはアリなんですか…!?何もおとがめ無しですか…
今生まれてくるとどのみち先生がいないので、赤ちゃんを死なせてしまうという事で、頭を押し付けたのだとおもいます。
普通はあり得ないですけどね。
そうですね。
いくらインターンと看護師だったとしても、初めてお産に立ち会うわけじゃないし、まして素人でもないし、何とか出来なかったのかと思いますね。
医師到着まで焦ってたんじゃないかと思いますが病院内(?)だし何とかならかったんですかね・・
テレビで車で病院に向かう途中で出産してしまった映像を見たことがあります
がんばって出産をとめようとするのは無理かと。
そうなんですよね。
私のような素人ならまだしも、医療に携わる人間なら何とかなると思うのですが、焦ったのか間違えたのか、まあ誰でもミスはあるとは思いますが・・・
大便じゃ有るまいし…
トイレで自然分娩して、その後の処理が事件になった話も多い中、なんとも理解できないですね。
これが精神異常の原因だったとすれば憐れですが、明らかに壊れてる異常者は、罪の大小を問わず問題を起こした時点で娑婆に出してはいけない数多の事例の1つですね。
そうですね。
特に彼のような出産時にそんな事があったのなら尚更外に出してはいけないですよ。
本人はその点だけは同情に値しますが、結果はどうあれ異常な事をやったんですから、罪としてしっかり償わなければいけません。