
メリンダ・ラブレス (アメリカ)
【1975 ~ 】

メアリー・タケット (アメリカ)
【1974 ~ 】

ホープ・リッピー (アメリカ)
【1976 ~ 】

トニー・ローレンス (アメリカ)
【1976 ~ 】
1975年10月18日、ラブレスはアメリカ・ニューヨーク州オーバニで、3人姉妹の末っ子として生まれた。
ラブレスの父ラリーはベトナム戦争に参加した経験があり、戦争で活躍した為、帰国後は英雄として敬われた。
しかし、そんなラリーは妻マージョリーや娘ラブレスの下着を身に付け化粧をするといった異常者で、無類の女好きであった。
ラリーはマージョリーやラブレスがいる家の中に女性を連れ込み、家族の前で行為に及んだ。
そんなラリーに対してマージョリーは嫉妬に怒り狂った。
ラリーは退役後、南部地方の鉄道職員として働くようになった。
実はラリーはラブレスが生まれる前の1972年、オルバニー警察署の実験的な役員となっていた事があった。
しかし、ラリーが仕事のパートナーの黒人男性の妻を寝取ってしまい、黒人男性に訴えられた。
だが、ラリーは訴えられた事に腹を立て、黒人男性を襲撃し、怪我を負わせた。
この為、ラリーは警察署をわずか8ヶ月で解雇されていた。
そんな働いてはすぐ辞めるような生活をラリーが送っていた為、マージョリーは1974年から断続的に働きに出掛けなければいけなかった。
両親が共働きの時は家庭は安定し比較的裕福であった為、ラブレスはインディアナ州フロイズ・ノブズの上位中流階級が住む郊外で暮らした。
しかし、ラリーは自分で稼いだ給料は家族に使う事はなく、趣味の銃やオートバイ、車等に使っていた。
そんな放蕩三昧な生活が長続きするはずもなく、1980年、ラリーは破産を申し込んだ。
その為、今度は食べるに事欠く生活を強いられる事になった。
すでに夫婦仲が破綻しており、マージョリーはラリーを見返すように自らも男漁りに出掛ける。
ラブレス9歳の時、ラリーはマージョリーに乱交に参加する事を強制する。
この頃からマージョリーは精神が不安定となり、自殺を試みるようになった。
1986年、ラリーは家族に暴力を振るうようになり、マージョリーを執拗に殴った。
1988年、ラリーは郵便配達人として働いた事があったが、わずか3ヶ月で辞めた。
ラリーがラブレスを含む3人の娘に対し虐待を行ったかは不明であるが、マージョリーとの結婚当初、ラリーはマージョリーの13歳の妹に対して猥褻行為を働いていた。
また、従姉妹のテディの証言では、ラブレス姉妹はラリーと同じベッドに寝る事を強要され、ラリーがラブレス3姉妹をガレージに束縛し、立て続けに強姦したと述べた (しかし、当のラブレス達はこの事を公言していない) 。
1990年11月、マージョリーがラリーをナイフで攻撃する事件が起き、マージョリーは精神病院に入院する事となった。
この病院でもマージョリーは自殺を試みた。
この後、ラリーはマージョリーに離婚を申請し、フロリダ州エイボンパークへ引っ越した。
そして、引っ越した後、マージョリーは再婚し、ラブレスはショックを受ける。
ラリーは再婚後もラブレスに何度か手紙を送った。
メアリー・ローリン・タケットは、1974年10月5日、アメリカ・インディアナ州マディソンで生まれた。
タケットの母はキリスト原理主義者で、父は工場労働者であった。
タケットは5歳と12歳の時、少なくとも2回は父親によって猥褻行為をされている。
1989年5月、母親はタケットが学校でジーンズに履き替えた事を知り、それをタケットに注意し、口論となる。
母親はタケットの首を絞め、本気で殺害しようとする。
何とか事なきを得たタケットは、ソーシャル・ワーカーに相談し、児童虐待が起きてないか定期的に家を訪問する事となった。
その後、タケットと母親の関係は悪化の一途を辿る。
ある日、リッピーの父親が、リッピー達の為にウィジャボード (降霊術等の娯楽に使用する文字版。日本でいうコックリさんのようなもの) を購入し、与えた。
これに対しタケットの母親はリッピーの家に行き、ウィジャボードを燃やすよう要求し、今後、タケットと関わらないよう告げた。
タケットは15歳を過ぎると、オカルトに魅了されるようになり、一層母親に反抗的になった。
この頃からタケットはとある女の子を「ヴァンパイア」だと勝手に思ったり、自傷行為を繰り返すようになる。
また、タケットはこの頃には女性にしか興味をもたなくなっていた。
1991年3月19日、タケットの両親はタケットを病院に入院させる事にした。
しかし、タケットは抗うつ剤の薬を処方され、退院させられる。
だが、退院わずか2日後にタケットはガールフレンドのローレンスと共に、手首を深く切って病院に戻された。
精神病院に入院したタケットは、人格障害と診断され、幼少期に幻覚を経験していた事を認めた。
同年4月12日、タケットは退院し、9月には高校を中退した。
タケットは高校中退後、沢山の友人と過ごす為に、ルイビルに留まった。
同年10月、タケットはラブレスと出会う。
当初、2人はただの知人程度で、特に仲が良かったわけではなかった。
だが、同年12月、タケットは父親が車を買ってくれるという約束で、マディソンに戻った。
そこでラブレスと長い時間過ごす事になり、2人は意気投合し、ほとんどの時間を一緒に過ごすようになる。
ホープ・リッピーは、1976年6月、タケットと同じくインディアナ州マディソンで生まれた。
リッピーの父は発電所のエンジニアであった。
1984年2月、リッピーが7歳の時、両親が離婚する。
その後、リッピーはイリノイ州クインシーに3年間、その後、母親と兄弟と共にミシガン州に移った。
金銭的にも困窮したミシガンでの生活は荒んでいた。
1987年、リッピーの両親はマディソンで再婚して生活を始めた。
タケットとローレンスとは子供の頃からの友人であり、両親の離婚によりリッピーがマディソンを離れた事で1度は縁が切れたが、再会し、再び友人となった。
しかし、リッピーの両親はタケットとの関係はリッピーに悪影響を与えると考えていた。
リッピーも15歳の頃には自傷行為を繰り返すようになっていた。
トニー・ローレンスは、1976年2月、タケット、リッピーと同じくインディアナ州マディソンで生まれた。
ローレンスの父はボイラー製造工であった。
ローレンスは子供の頃からリッピーと親友であった。
ローレンス9歳の時、親類によって虐待され、14歳の時には10代の見知らぬ男の子によって強姦された。
この男の子は逮捕されたが、ローレンスに近付かないという注意だけで釈放されている。
事件後、ローレンスはカウンセリングを受けたが、長続きせず、自傷行為を繰り返すようになる。
そして、14歳の時には自殺を試みるようになっていた。
1990年、ラブレスはアマンダ・ヒーブリンという女の子と仲良くなった。
ヒーブリンもラブレス同様、カウンセリングを受けていた。
1990年10月、そんなヒーブリンは、ラブレスがカウンセリングで拘留されている間、シャンダ・シャラー (12歳) という女の子と仲良くなる。
その関係を知ったラブレスは、シャラーに対して嫉妬するようになる。
同年10月下旬、ヒーブリンとシャラーは一緒にフェスティバルに行き、ラブレスは更に嫉妬深くなっていく。
そして、ラブレスは次第に人前でシャラーを殺すと脅すようになる。
実際、ラブレスはシャラー殺害を考え始めていた。
そんな中、シャラーの両親はラブレスの事に勘付き、同年11月下旬にカトリックの学校へ転校させた。
その為、シャラーとは疎遠になった。
1992年1月10日、タケットとローレンス、リッピーの3人は、ラブレスの家に向かった。
ローレンスとリッピーはラブレスと会うのがこの時が初めてであった。
3人がラブレスの家に着くと、ラブレスは3人に服を貸し、タケットらにナイフを見せ、これでシャラーを脅かすと話した。
この時、ローレンスとリッピーはシャラーをナイフで脅す事をこの時初めて知り、しかも、ラブレス以外の3人はシャラーに会った事もなかった。
タケットだけはシャラーを脅迫する事をラブレスから聞いていた。
4人はインディアナ州ジェファーソンビルにあるマクドナルドに行き、ラブレスはリッピーとローレンスにヒーブリンの友人としてシャラーを誘い出すよう命じる。
リッピーとローレンスはシャラーの家に行き、ラブレスに言われたように誘うが、シャラーはまだ両親が起きている事を理由に断る。
それをラブレスに告げると、ラブレスは最初は怒るがすぐにシャラーの両親にすぐに帰れるよう約束する事で連れ出す事に決める。
結局、4人はシャラーの家に車で向かう事となった。
向かう途中、ラブレスはヒーブリンは魅力的で抱きたいと話した。
深夜0時30分頃 (日付では1月11日) 、シャラーの家に到着すると、ローレンスがシャラーを誘うのを断ったので、タケットとリッピーが家に向かった。
ラブレスはナイフを持って車の後部座席に毛布で隠れた。
シャラーはタケットとリッピーを待っており、ヒーブリンの知り合いだと偽り、シャラーを誘った。
シャラーは気が進まなかったが服を着替え車に乗った。
車はインディアナ州ユーティカの荒廃した城に向かった。
その場所は若者の溜まり場となっている所であった。
その途中、ラブレスはシャラーの喉にナイフをあて、従うよう促した。
到着すると、シャラーを車から引きずり降ろし、泣き叫ぶシャラーの腕と脚をロープで縛った。
しかし、他の車がやって来たので、シャラーを車に乗せタケットの家の近くに行く事に決めた。
たが、途中道に迷ってしまい、タケットは車を樹木で覆われた森林地帯に走らせ、伐採場から離れたゴミ捨て場に停めた。
ラブレスとタケットがシャラーを車から降ろしたが、ローレンスとリッピーは怯えて車から降りなかった。
その後、ラブレスは素手でシャラーを殴った。
そして、ラブレスはシャラーの顔面を膝で何度も蹴った。
その為、シャラーは口の中を切り、血を吐いた。
散々痛めた後、ラブレスはシャラーの喉をナイフで切ろうとしたが、ナイフの切れ味があまりに悪く、上手くいかなかった。
その為、ラブレスはタケットと交互にシャラーの胸を刺すことにし、執拗に何度も刺した。
出血で朦朧としているシャラーに、最後はラブレスとタケットがロープで首を絞めた。
その後、シャラーをトランクに積め、リッピーとローレンスにはシャラーを殺したと告げた。
車でタケットの家近くに向かうが、実は殺害したと思っていたシャラーはまだ生きており、トランクの中で叫んでいる声を聞く。
すると、タケットは果物ナイフでシャラーを刺した。
そして、タケットの家に向かい、ラブレスとタケットは血まみれの体を洗った。
リッピーはシャラーの事をタケットに聞くと、タケットはシャラーに行った拷問について笑いながら話した。
その後、シャラーを処分すべく、再び車に乗った。
車に乗る際、シャラーをローレンスに見せようとしたが、ローレンスは見るのを拒んだ。
そして、マディソンのコンソリデーテッド高校の近くにあるガソリンスタンドに行き、2リットルのペプシを買いそれを飲み干した。
そのペプシの容器にガソリンを入れ、北に向かって車を走らせた。
車は田舎道を走り、人気のない場所で停まった。
そして、虫の息のシャラーを毛布に包んで荒野に捨てガソリンをかけた。
その後、火を点けてシャラーを燃やした。
火を点けてすぐにその場を去ろうとしたが、ラブレスがシャラーが本当に死んでいるか確信を持てなかったので、火が燃え尽きるまでその場にいる事となった。
それを見届けると車に乗り家路についた。
ラブレス達は午前9時30分頃、朝食を食べる為にマクドナルドに向かった。
ラブレスとタケット、そしてリッピーは1本のソーセージをシャラーに見立てて殺人について笑って話した。
その様子を見ていたローレンスは恐怖を覚え、隙をみて友人に電話で話した。
マクドナルドを食べた後、タケットはローレンスとリッピーを家に送り届け、ラブレスと帰った。
2人は汚れたトランクをホースを使って洗浄した。
その後、午後3時頃にラブレスの家に向かった。
そして、ラブレスはヒーブリンと友人のクリスタル・ワスンを呼び、シャラー殺害を告白した。
初めは全く信じなかったヒーブリンとワスンであったが、タケットがトランクに付いたシャラーの血の手形を見せた為、2人は信じざるを得なかった。
翌日1月12日午前10時55分、インディアナ州に狩りに出掛けた男性2人が、シャラーの死体を発見し、警察に通報する。
警察はすぐに捜査を開始する。
午後8時20分、ローレンスが両親と共に警察署を訪れ、シャラー殺害を自供する。
そして、シャラーの歯の記録と遺体の歯形が一致し、これにより犠牲者がシャンダ・シャラーと特定され、ラブレスとタケット、リッピーは逮捕された。
逮捕の大半の証拠はローレンスの供述であった。
事件が公になると、その残忍性と年端もいかぬ4人の少女があまりに残虐な殺人を行ったという事実が全米を震撼させた。
裁判で検察側は加害者少女達を大人と同等で裁くと明言する。
ラブレス達は死刑を回避する為の司法取引に応じ、同年10月6日、ラブレスとタケット、リッピーには懲役60年が言い渡された。
ローレンスには懲役20年が言い渡された。
2000年12月14日、ローレンスは仮釈放された。
2006年4月28日、リッピーは仮釈放された。
2018年1月11日、タケットは仮釈放された。
2019年9月5日、ラブレスは仮釈放された。
最後にシャラーの家に向かう際のラブレスの発言で終わりたいと思います。
「シャラーを殺すのが待ちきれない」
∽ 総評 ∽
嫉妬により複数でわずか12歳の女の子をよってたかって無惨に殺害した少女たち。
まだ15、6歳の少女がこれほどまでの残虐で陰惨な殺人を平然とやってのけ、しかも、殺害後、マクドナルドでソーセージをシャラーに見立て笑うなど、その異常性は群を抜いている。
こういった複数で犯罪を犯す場合、大抵が男性のみか、男性の中に女性がいるといった構図が多いが、女性のしかも少女のみ4人というのは非常に珍しい。
殺害理由が嫉妬という女性らしいと言えば女性らしい動機だが、通常の恋愛ではなく、同性愛からくる嫉妬というのが、更にこの事件のインパクトを与えている。
4人共、子供の頃の生活環境は荒んでおり、それが原因で異常な精神を形成してしまったのだろう。
そういう点に関しては4人に同情の余地はある。
また、女の子が幼少期に性的虐待を受けると、異性に対して拒絶反応を示し、レズになる事が多く、この4人もまさにそうであった。
似たような事件に、以前掲載した『ジェイソン・キール・スウィーニー殺害事件』がある。
この事件は4人により1人の少年が惨殺されたのだが、こちらは主犯であるジャスティナ・モーリーが3人に命じて殺害に至り、しかも、たかだか500ドルの為に殺害した。
どちらも複数による恐ろしさを示しており、個人的には、アメリカの複数による少年犯罪の二大凶悪事件と呼んでも差し支えないと思う。
* 追伸 *
今回の記事は少女達の生い立ちも掲載した為、たいへんな長文となってしまいました。
生い立ちと殺人経緯を分けて掲載しようかとも思ったのですが、昨日までヘンリー・ルーカスを分割して掲載していたので、今回はさすがにまとめました。
長くて読みづらく、途中で止めたくなったかもしれませんが、最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★★
・残虐度 ★★★★★★★★☆☆
・異常性 ★★★★★★★★★☆
・特異性 ★★★★★★★★★☆
・殺人数 1人
《犯行期間:1992年1月11日》
最後にシャラーの家に向かう際のラブレスの発言で終わりたいと思います。
「シャラーを殺すのが待ちきれない」
∽ 総評 ∽
嫉妬により複数でわずか12歳の女の子をよってたかって無惨に殺害した少女たち。
まだ15、6歳の少女がこれほどまでの残虐で陰惨な殺人を平然とやってのけ、しかも、殺害後、マクドナルドでソーセージをシャラーに見立て笑うなど、その異常性は群を抜いている。
こういった複数で犯罪を犯す場合、大抵が男性のみか、男性の中に女性がいるといった構図が多いが、女性のしかも少女のみ4人というのは非常に珍しい。
殺害理由が嫉妬という女性らしいと言えば女性らしい動機だが、通常の恋愛ではなく、同性愛からくる嫉妬というのが、更にこの事件のインパクトを与えている。
4人共、子供の頃の生活環境は荒んでおり、それが原因で異常な精神を形成してしまったのだろう。
そういう点に関しては4人に同情の余地はある。
また、女の子が幼少期に性的虐待を受けると、異性に対して拒絶反応を示し、レズになる事が多く、この4人もまさにそうであった。
似たような事件に、以前掲載した『ジェイソン・キール・スウィーニー殺害事件』がある。
この事件は4人により1人の少年が惨殺されたのだが、こちらは主犯であるジャスティナ・モーリーが3人に命じて殺害に至り、しかも、たかだか500ドルの為に殺害した。
どちらも複数による恐ろしさを示しており、個人的には、アメリカの複数による少年犯罪の二大凶悪事件と呼んでも差し支えないと思う。
* 追伸 *
今回の記事は少女達の生い立ちも掲載した為、たいへんな長文となってしまいました。
生い立ちと殺人経緯を分けて掲載しようかとも思ったのですが、昨日までヘンリー・ルーカスを分割して掲載していたので、今回はさすがにまとめました。
長くて読みづらく、途中で止めたくなったかもしれませんが、最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★★
・残虐度 ★★★★★★★★☆☆
・異常性 ★★★★★★★★★☆
・特異性 ★★★★★★★★★☆
・殺人数 1人
《犯行期間:1992年1月11日》
コメント
コメント一覧 (8)
4人が迎えに来た時シャラーは気が向かなかったが出向いた…
と書いてありましたが、気が向かない時は止めた方が結果的に無難だという事は 我々の日常生活でも多々ありますね。。。
改めて感じました。
あとは 群れをなすと、気も大きくなり行動に出やすいし、
反対に足がつきやすいという事もありますね。。。
まずここの観覧者では、私を含め居ないと思いますが。
今後、事件をおこす予定があれば…
緻密な計画と単独行動(口外しない)をお勧め致します。
怖すぎます
集団心理の恐ろしい所ですね。
過激さが増し引くに引けなくなる。
途中止めるなんて言ったら「自分がやられる」て思いますし。
こうなるといくところまでいくしかなくなってしまうんですよね。
仰る通りですね。
非常に似てると思います。
こういった集団での犯行は残虐になります。
恐ろしい限りですね。
ラブレスとタケットの頭がぶっ飛びすぎてリッピーとローレンスはまだマシに見えてしまいますね。
正直第3者からすれば友人に電話してる暇があったらさっさと警察に通報しろよと思ってしまいます。
初めまして。
いつも読んで頂いているという事で、誠にありがとうございます。
そうですね、ラブレスとタケットが抜きん出て異常ですね。
仰る通り電話しろって話しですよね。
ただ、怖かったんですかね、バレたら自分もやられると思って。
自分的にはですが、ジュリエット・ヒュームのケースが強烈でした。
集団心理、というのも当然あったとは思いますが、それよりも自分たちのコミュニティ(?)を守るための犯行だったのではないかと思います。
親に恵まれなかった、この過去はあっという間に加害者一味の一体感をより強固にしただろうし、余計に排除すべき対象として見えてしまったのかも…?
そうですね。
そう言った要素があるのかもしれませんね。
ジュリエット・ヒュームは以前掲載しましたが、私もかなり印象に残ってますね。
仰る通り、女性の方が間違いなく印象に残ると思います。
世間的にもアマンダ・ノックスやシントイア・ブラウンの事件等、女性の起こした事件は衝撃度が高いと思います。