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黄 勇 (ホワン・ヨン 中国)
【1974 ~ 2003】



黄勇は1974年、中国・河南省で生まれた。


黄勇は子供の頃、暴力描写の映画やテレビドラマを好み、よく観ていた。

それらに強い影響を受けた為か、黄勇は「プロの暗殺者」になる事を夢見るようになった。


2001年9月から2003年11月にかけて、15歳から21歳の若者が次々と殺害される。

若者達は皆貧しい農家出身であった。


若者達が住んでいた村は高校が不足しており、その為、村の多くは町の郡庁所在地の全寮制学校が置かれていた。

若者達の両親はそんな子供達を学校に行かせる為に、都市部に出稼ぎに行く季節労働者が多かった。


子供達が全寮制の学校からいなくなったという事を学校側は親に報告しなかった。


黄勇のやり口は、インターネットカフェやゲームセンターにいる若者達に、高給のバイトを紹介すると言って、自らの自宅に連れ込んだ。

そして、家に連れ込むと、黄勇は薬物を投与し、ロープで絞殺した。

その後、死姦し切断して埋めた。


2003年11月11日、チャン・リャン (16歳) をいつものように仕事を紹介すると言って家に招き入れた。

部屋に入るなり、リャンは黄勇に首を絞められ気絶してしまう。


目が覚めたリャンはすぐにその場を逃げ、警察に駆け込んだ。

警察は当初、リャンの話しを信じようとしなかった。


しかし、結局リャンの言葉を信じた警察が、黄勇の家を捜索した所、遺体の一部が見つかり、同年11月12日、黄勇は逮捕された。

結局、黄勇による犠牲者は17人に及ぶ事が判明する。

しかし、黄勇本人は少なくとも25人は殺害したと自供した。


裁判が開かれると、多くの人々が黄勇に好奇の目を向け、犠牲者の家族も裁判に殺到した。

法廷に入れなかった民衆の為に、裁判所の外に向けて拡声器が設置された。


法廷に現れた黄勇に対し、犠牲者の遺族達は罵詈雑言を浴びせた。

また、犠牲者の遺族達を落ち着かせる為に数回も裁判を止めなければならなかった。

裁判で黄勇は

「私は殺害の感覚を経験したかった」

と述べた。


法廷から連れ出された時、黄勇に対して犠牲者の一部の遺族が襲い掛かろうとした。


黄勇の最初の犠牲者の遺族は、
「黄勇は社会の癌だ。死刑判決が出たとしも許される事ではない」
と述べている。


同年12月9日、黄勇に死刑が宣告された。


同年12月26日、黄勇には頭部への銃撃による死刑が執行された。

享年29歳であった。


最後に目覚めたリャンに対して言った黄勇の言葉で終わりたいと思います。

「私はこれまで少なくとも25人殺してきました。あなたが26人目です」



∽ 総評 ∽

若い男性ばかり次々と殺害した黄勇。

黄勇は殺害動機を「殺しの感覚を味わいたかった」と述べたが、それで17人殺害するというのは、1人殺した時に「これはいい!」と感じた為であろう。

だが、何故、黄勇がそこまでの異常性を身に付けたのかはわからない。

子供の頃に映画やドラマを観て目覚めたようだが、ほとんどの子供がそういったものを同じく観るだろう。

もちろん、大抵の子供が黄勇のようにはならない。


ただ、中国の死刑判決から執行までの期間の短さは相変わらず驚嘆の一語に尽きる。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 17人
(本人は25人以上と自供)
《犯行期間:2001年9月~2003年11月》