
アンドレ・ランド (アメリカ)
【1944 ~ 】
1944年3月11日、フランク・ルシャンという名前でランドは生まれた (ちなみにアンドレ・ランドという名前にいつ変えたのかはわかっていない) 。
ランドの家庭は普通の家庭で、ランドも姉妹も虐待など受けずに育った。
1966年からランドは名字を『バーチェット』と偽り、ニューヨーク州スタッテン島にあるウィローブルック州立学校で働き始める。
この学校は知的障害の子供を扱う学校であり、ランドは1968年まで働いた (余談だがこのウィローブルック州立学校では、1956年から1972年にかけて知的障害の子供に対して人体実験をしていた『ウィローブルック事件』) 。
1969年5月5日、ランドは9歳の女の子を誘拐し、強姦しようとしてニューヨーク・南ブロンクスで逮捕される。
裁判でランドには懲役16ヶ月が言い渡され、1972年1月に仮釈放された。
ランドは仮釈放後、名前を『ランド』に法的に変更した。
同年、アリス・ペレイラ (5歳) が行方不明となる。
ペレイラと兄弟は建物のロビーで遊んでいたのだが、兄弟がペレイラをしばらく放置していると、いなくなってしまった。
警察は捜査に乗り出すと、前科者であるランドを疑い取り調べを行うが、証拠がない為、ランドを逮捕する事は出来なかった。
その後、必死の捜索を行うも、ペレイラが見つかる事はなかった。
1981年、ホリー・アン・ヒューズ (7歳) が、友人とキャンディを買いに店に行った。
その帰り道、ランドは車でホリーに近付き、ホリーを車に無理矢理連れ込むと、その場を走り去った。
ホリーの両親は警察に通報し、警察は捜査に乗り出すと、ランドとヒューズが一緒にいたという目撃情報を得る。
警察はランドに取り調べを行うが、今回も証拠がない為、ランドを釈放するしかなかった。
1983年1月9日、ランドは11人の子供を集め、車に乗せるとニューアークに向けて出掛けた。
ランドは子供達の親に何の許可もなく勝手に連れて行った。
ハンバーガーを子供達に与え、ニューアーク空港に飛行機が到着するのを見ていた。
ランドは子供達に危害を加える事はなかったが、ランドは不法禁固の罪で逮捕されてしまう。
同年3月、ランドは裁判で有罪判決となり、懲役10ヶ月が言い渡された。
同年8月、ランドは釈放された。
1983年、ティアヘス・ジャクソン (11歳) が、母親に頼まれ買い物に出掛け、その後、行方不明となった。
結局、ジャクソンは見つかる事はなかった。
1987年7月9日、ジェニファー・シュバイガー (12歳) が、行方不明となる。
シュバイガーはダウン症候群であった。
シュバイガーの捜索が始まり、ウィローブルック州立学校近くの浅い墓の中から、シュバイガーの遺体が発見される。
また、シュバイガーが最後ランドと一緒にいたという目撃情報を多数聞き、ランドを問い詰めた所、ランドはシュバイガー殺害を認めた。
1988年、ランドはシュバイガーに対する誘拐と第一級謀殺で起訴された。
1989年、裁判でランドには最低25年は仮釈放のない終身刑が言い渡された。
2004年、ランドは再び法廷に立たされ、過去のヒューズ誘拐の嫌疑で起訴され、同年10月に有罪判決が下された。
ランドには更に25年の間仮釈放のない終身刑が加えられ、これにより仮釈放の資格を得るのは最低でも2037年、ランド93歳まで待たなければならない。
∽ 総評 ∽
少女を誘拐し殺害したランド。
ランドは少女にしか興味を示さず、典型的な小児性愛者だった。
ただし、ランドによる確実な殺人はシュバイガーだけであり、他の3人に関しては証拠があるわけではない (ほぼ間違いないが) 。
ランドが働いていたウィローブルック州立学校は、当時、知的障害者に対する人体実験を行っており、ランドは関わっていなくとも、目の当たりにしていた可能性が高く、後のランドの凶行への影響を与えた可能性は高い。
ただ、ランドは子供が行方不明になる度に疑われ、取り調べを受けているが、証拠がない為、釈放された。
「疑わしきは罰せず」という考えには賛成だが、ほぼ疑わしい場合は、徹底的に捜査をするなど、しっかりと対処して欲しい。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 4人
《犯行期間:1972年~1987年》
コメント
コメント一覧 (10)
畜生!!読んでいて頭の悪そうな男だと思いましたが。完璧に隠蔽出来る所を見ると悪知恵は働く畜生男ですね。
ウィローブルク事件は初めて知りました。
医師達も畜生。
人体実験をしてお咎めも無く、医学賞を取るなんて
ありえない。。。
実験台の純粋な子ども達は肝硬変などになって亡くなったのですね…
殺人などで、ただ死刑を待つのではなくて。
この様な人体実験→ゆくゆくは、死刑がいいのではないでしょうか。
海外のシステムは知りませんが、日本では死刑囚は拘置所に居て、作業などもしないのだから…
せめて 死刑執行の前まで、世の中に役に立つ 人体実験対象者になれば
遺族の方の気持ちも
ほんの少しは違うんじゃないでしょうか。
今の時代じゃ難しいかなぁ………。
仰る通りですね。
少しは人の為になれよって感じです。
ただ、そんな事したら人権擁護団体なる組織が「人道的にありえない」とか言い出すんでしょうね。
確かに、冤罪や人権問題などから『疑わしきは容疑者の利益に』という発想は必要だと思いますが、もうちょっと慎重にこの理念を運用できないものなのでしょうか?
よく警察批判のネタにされてますが、こういう犯人を見ると別件逮捕も致し方ない手段だと思えてしまいます。
仰る通りですね。
私の知人が以前、冤罪で逮捕されたことがあったのですが、疑わしきは罰せずというのは必要だと思います。
ただ、そのせいで後に被害を受ける人はたまったものではないので、慎重には行って欲しいですね。
日本の死刑制度では、刑法では判決後六ヶ月以内に法務大臣は執行命令をすることになっています。
ただ、これは努力目標に近いです。
再審が始まれば判決が出るまで執行はされません(再審請求中は時計は止まらない)共犯者が裁判中でも、執行が止まります(証人として必要なため)
また、刑法では証拠を精査して執行命令者にサインをすることになっています。
でも現実として、法務大臣が一つ一つ証拠を調べ直す訳にはいきません。
そこで、事件に関わった警察や検事、裁判所がそれぞれ書類を作成。各部署で決裁を経てから法務省に提出。法務大臣の決済を得て、死刑執行命令が降りることになっています。
法務大臣の命令書が出れば、検察官が執行指揮書を作成。拘置所の所長や係員は、指揮書に基づいて死刑を執行します。
>日本では死刑囚は拘置所に居て、作業などもしないのだから
これは当然です。死刑囚の罪の償い方は、懲役刑ではなく、死ぬことですから。
それも只死ぬのは許可されていません。『真人間になって罪を自覚した上で殺される』というのが、死刑と言う刑です。
だから拘置所では、各種の人間教育がなされます。
私は国民が死刑制度を支持しながら、収監されている死刑囚への対応が生ぬるいと思うのは、国民が制度を十分に理解していないからだと思っています。
人を人と思わず欲望のままに手を下した人間に、人の道を教え罪を自覚させ、やったこととやられることを十分認知させた上で殺害をする。
色々と調べると、中々に厳しい刑だと思います
そうなんですよね。
刑確定から6ヶ月以内に執行しなければいけないのに、まず100%執行される事はありませんよね。
名無しさんの仰るもろもろの事由が原因ですが、法務大臣がサインしたがらないんですよね。
以前、鳩山邦夫が13人の死刑囚の執行にサインした時、死神とか言われて色々叩かれましたからね。
当の本人は法律を遵守したのに何が悪いと気にもしてなかったですが、個人的にはその通りだなとも思いましたね。
そろそろ一人ずつ順番に、何年かおきに出てくるんじゃないか。
と言われていました。
あの頃には関係裁判が全て結審してましたから、教祖がいつ執行されてもおかしくなかったのです。教祖の執行を阻止するには関係裁判を続けるのが唯一の道。でも収監されている被告人達が再審請求をして認められる可能性はほぼ0。
だから出てくるのではないかと。最高裁まで争って結審したら、また一人。
続ければ、限りなく執行は止められますから。
結果として、半分あたりで半分は外れましたね
確かにそうのような事がありましたね。
仰る通り、半分合って半分外れたような感じでしたね。
個人的意見ですが、多分、影響を考えて教祖の死刑は執行されないでしょうね。
以前掲載したウィリアム・ボーニンは「鮫のような」と言われた目付きをしていましたが、やっぱり異常者は目が違いますね。