
アマンダ・ケリー (オーストラリア)
【1992 ~ 】
アマンダ・ジェーン・ケリーは、1992年12月10日、オーストラリア・西オーストラリア州の州都パースで生まれた。
2012年5月12日、ケリーはサム・ジェイコブ・ウォーカー (27歳) とケリーのボーイフレンドのジョナサン・リー (23歳) という2人の男性を伴い、デイビッド・ヒューストンに会いに行った。
サムとジョナサンはデイビッドに会う前にドラッグを乱用し、気分はかなり高揚していた。
ケリーらはデイビッドに会うなり、一斉に殴り掛かった。
あまりの激しい暴行に耐え兼ね、その場に倒れたデイビッドだったが、そんなデイビッドに追い討ちをかけるようにケリーは踏みつけた。
暴行は長時間に渡り、すでに動かなくなったデイビッドに、最後は首を絞めて殺害した。
その後、デイビッドの死体を車に積み、パースから南に130キロメートル進んだ所に運んだ。
そして、デイビッドの死体をカバーで包み、酸をかけ、コンクリートを流し込んだ。
最後にデイビッドの遺体を浅く掘った土の中に捨てた。
同年6月、デイビッドの遺体が発見される。
そして、ケリーら3人はデイビッドの遺体発見後、すぐに逮捕された。
裁判でケリーはデイビッド殺人を認めた。
裁判官は
「被害者を必要のない不合理な暴力で殺害した。そのやり方は残忍で陰湿、身勝手極まりない」
と述べ、ケリーらを痛烈に非難した。
ケリーの弁護人は、デイビッド殺害について、ケリーがサムやジョナサンに比べ役割が小さく、それほど暴行に参加していない事を主張。
また、ケリーは深く反省しており、事件当時、精神的に追い込まれていたとも述べ、酌量を求めた。
これらの事由により、ケリーには生命刑 (死刑や終身刑) は不適切だと発言したが、裁判官は事件の凄惨さを考慮し、弁護側の主張を却下した。
2013年12月9日、ケリーには最低でも14年は仮釈放のない終身刑が言い渡された。
サムとジョナサンにはそれぞれ最低12年は仮釈放のない終身刑が言い渡された。
犯行動機だが、サムとジョナサンは麻薬ディーラーであり、デイビッドと何らかのトラブルが起こったのだと思われる。
ただ、ケリーが主犯であった為、痴情のもつれの可能性も否定出来ない。
いずれにせよ、詳細についてはわかっていない。
∽ 総評 ∽
ボーイフレンドと3人でよってたかって1人の男性を殺害したケリー。
動機については上述した通りよくわかってないが、これほど凄惨に殺害するのは、何らかの怨恨があったと思われる。
以前から何度も言っているが、集団での暴行は歯止めが利かなくなり、残酷になるケースが多い。
ただ、元々ドラッグ等で繋がっている関係なので、まともな思考を持ち合わせているとは思えないが。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★☆☆☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 1人
《犯行期間:2012年5月12日》
コメント
コメント一覧 (2)
位のノリで行ったんじや?
意外と多いですよ。そんな動機。
思い付きで始めて、誰が一番悲鳴を上げさせるのかを競った末に殺人に至る。
ノリで行うはんこうなので、反省もしません。逆に被害者を恨むことが多い。
『アイツがあんなに簡単に死ななかったら、自分が捕まって裁かれることもなかったのに』『自分はなんて運が悪いんだ』ってね。
確かにそうですね。
自分達で殺しておいて「あいつのせいで捕まった」とか言い出す不届き者がたまにいますよね。