
ジェフ・ワイズ (アメリカ)
【1988~2005】
本名ジェフリー・ジェームズ・ワイズは、1988年8月8日、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス生まれのワイズは、ネイティブ・アメリカン (チペア族) であった。
ワイズ8歳の時、父親が自殺し、10歳の時には、母親が交通事故に遭い植物人間になってしまう。
ワイズは10歳にして、両親の相次ぐ不幸に見舞われてしまうのである。
そんな中、ワイズは元警察官の祖父に引き取られ、育てられることになる。
祖父の住んでいた所は、レッドレイク・チペア族の保護区であった。
ワイズはこの保護区での生活になじめなかった。
祖父との関係も良くなく、祖父は26歳年下の愛人と住んでいたのだが、その愛人とも上手くいかなかった。
レッドレイク高校に進学したワイズは、黒のトレンチコートを夏はおろか、1年中着ていた。
授業中、ノートにドクロやハーケンクロイツを描いていた。
そんなワイズには彼女はおろか友達もいなかった。
2004年、ワイズは校則違反の常習者だった為、無期限の停学処分を受けてしまう。
これにより、ワイズは完全に引きこもりになってしまい、鬱病の症状が現れ始める。
ワイズの唯一の心の拠り所はネットであった。
ワイズはあらゆるウェブサイトに様々なハンドルネームでメッセージを書き込んだ。
ワイズはナチの思想に被れ、ネオナチのサイトにもネイティブ・アメリカンの純潔を守る
『ネイティブ・ナチ』
として書き込んでいたことが後に判明している。
また、ワイズは『ターゲット・プラクティス (射撃演習) 』というフラッシュ・アニメを作成し、ウェブ上に公開している。
そのアニメの内容とは、主人公がライフルで一般人や『KKK』、警察官を射殺して最後はライフルで自殺するというものだった。
2005年3月21日、ワイズはついに精神のたがが外れてしまう。
ワイズは手始めに拳銃で仲の悪い祖父と愛人を射殺。
防弾チョッキを着て、家にあったショットガンを持ち出すと、祖父が所有するパトカーでレッドレイク高校に向かった。
校門を通過すると、まずは2名の警備員を射殺。
それを見ていた女性警備員は、校内に逃げて教師や生徒達にその事を告げる。
校内に侵入したワイズは銃を乱射して回り、まず、教師1人と生徒3人を射殺。
この時、複数の教師や生徒が警察に通報していた為、午後3時頃だと判明している。
この後、ワイズは3人を射殺。
5人が重傷を負った。
通報により警察が25分後に到着し、校内に突入すると、ワイズと銃撃戦となった。
ワイズは太腿と臀部に銃弾を受け、完全に戦意喪失してしまう。
観念したワイズは近くの教室に逃げ込むと、銃で頭を撃ち自殺する。
享年わずか16歳であった。
事件後、ワイズがメールで『高校襲撃計画』を10人以上の人間に相談し、計画を練り上げていったことがわかった。
その相手とは全員がレッドレイク高校の生徒であった。
∽ 総評 ∽
自分の高校を襲撃したワイズ。
ワイズは性格、犯行までの過程、家庭環境など、スプリーキラーの典型とも言える人生を送った。
ワイズのようにナチスの思想に傾倒するシリアルキラーは多い。
ただ、ワイズは幼い頃に両親に不幸が訪れ、それを目の当たりにし、相当なショックを受けたのは間違いない。
そうだとすると、ワイズにも十分に同情の余地はある。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・特異性 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・殺人数 11人 (他負傷者5人)
《犯行期間:2005年3月21日》
コメント
コメント一覧 (10)
世の中、もっと辛い目にあってもしっかり生きている人は沢山いますよね。
確かに私が甘いのかもしれません。
ご意見ありがとうございました。
本人なりの理由がありますからね。
まあ同情は全く出来ないですが。
コロンバイン高校、サンタナ高校、エアフルト事件並の衝撃だ😲
そうですね。
衝撃的な事件だと思います。
そこまでは同情できるが、それと人殺しの罪は切り離して考えねばならない。彼は人をたくさん殺しているのだから。
確かにそういった動機よりは多少は同情の余地はありそうですが、結局はどちらも許されないですね。
アメリカの発展から取り残されています。
居留区は失業率も高く、働く意欲を失って、
生活保護で虚しく生活する若者が多いそうです。
アメリカはかつてのような弾圧や同化政策は止めていますが、
インディアンの伝統が、そもそもアメリカとは正反対なのでしょう。
働こうにも「アメリカ」では文化の違いが大きいし、
真面な職に就くのにハンデがあります。
日本の若者は生き辛いと言われていますが、
インディアンの若者はその比ではありません。
日本のように先住民が存在しない (アイヌや琉球などありますが) 国にはあまりわからないですね。