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アナトリー・オノプリエンコ (ウクライナ)
【1959 ~ 2013】



1959年7月25日、旧ソビエト連邦のウクライナ・ジトミルでオノプリエンコは生まれた。

オノプリエンコは2人兄弟の弟で、オノプリエンコの兄のバレンティンは13歳年上であった。

父のユーリは『第二次世界大戦』において叙勲されるほどの英雄だった。


そんな中、オノプリエンコが4歳の時、母親が死んでしまう。

母親の死後、祖父母によって少しの間引き取られるが、結局、父親によって7歳の時に孤児院に送られた。

この父親の育児放棄が、オノプリエンコの中に一生消えない傷として残る。

オノプリエンコが後に起こす数々の殺人は、間違いなくこの時の影響が大きい。


学生時代は森林学を専攻し、その後は水夫として働いた。

しかし、精神病を発症し、「殺人をするように」という『神の声』が聞こえるようになる。

精神病院に外来として診察を受けるも効果はなく、オノプリエンコは森で鹿を撃って人を撃つ練習を始める。

そして、ついにオノプリエンコは殺人を始める。


1989年にブラドコヴィッチの家族7人を射殺。

オノプリエンコの殺害の特徴は、とにかく家族全員を「皆殺し」するというもので、皆殺しして初めて満足する事が出来た。

これは親にも兄にも見捨てられた故の、家族というものに対する嫌悪からきていると思われる。

その後、理由はわからないが、オノプリエンコはしばらく殺人から遠ざかる。


再び殺人を始めるのは1995年になってからで、年の瀬の12月に4人家族2世帯を射殺。


家を燃やす所を目撃された男性も射殺し、結局、1995年12月だけで9人を射殺する。


1996年1月6日、タクシー運転手を射殺。


同 年1月17日、家族5人を射殺。

この事件を目撃した近所の家族7人を屠殺し、家を放火した。


同年1月30日、女性とその息子2人、それと訪問客、計5人を射殺。


同年2月19日、家族4人を殺害。

父と息子は射殺で、母と娘はハンマーで殴り殺されていた。


同年2月27日、家族4人を殺害。

大人は射殺され、子供たちは斧で切り殺さた。


同年3月22日、家族4人を殺害。

こうして、8つの家族全員が殺され、しかも目撃者7人も殺された。


付近の村はパニックに陥り、ウクライナは陸軍をこの地域に派遣して、装甲車によるパトロールをする騒ぎにまで発展する。

オノプリエンコ逮捕に、2000人の警官と、3000人の軍隊が投入されたことを考えれば、オノプリエンコの凶行がいかに世間を騒然とさせていたかが伺える。


この時、すでにオノプリエンコには『ターミネーター』というあだ名がついており、マスコミもこの連続殺人鬼に大いに注目していた。


1996年、警察に匿名の情報提供があり、オノプリエンコが最重要容疑者として捜査線上に浮上し、同年4月に自宅にいたオノプリエンコは逮捕される。

警察に通報したのはオノプリエンコのガールフレンドだった。

自宅からは殺人に使われたライフルや、オノプリエンコが殺人現場から殺人の記念として持ち帰った貴金属類やAV機器が発見された。

結局、オノプリエンコは52人の殺害を自白し、その全てを認めた。

オノプリエンコは何も考えず、ただ快楽の為に人殺しをしていたように思えたが、アンドレイ・チカチーロのロシア殺人数記録に固執していた (チカチーロの殺害数は52人と同じなので、もしかしたらオノプリエンコはチカチーロに対抗するため、殺害数を水増ししていたかもしれない) 。


逮捕されたオノプリエンコが、あまりに普通の男だったことから、マスコミは『ターミネーター』から新たなニックネームとして『シチズン・0 (特徴のない男、または一般市民という意味) 』と名付けた。


1999年、裁判によりオノプリエンコは、第一級複数殺人で有罪となり、銃殺による死刑宣告を受ける。


しかしその後、2000年にウクライナが死刑制度を廃止したことにより判決は終身刑に変更となり、現在も服役中である。


オノプリエンコは現在、殺人の記録を打ち立てる為、釈放を訴えている。

余談ではあるが、1995年にオノプリエンコの殺人の容疑者として逮捕された男が、警官からの拷問の末、殺された。

その男性の死に対して責任がある7人は懲役に処され、オノプリエンコと同じ刑務所に入ることになるという皮肉が起きている。


2013年8月27日、刑務所内で死去する。

享年54歳であった。


最後に、オノプリエンコが残したこんな言葉を掲載して終わりたいと思います。

「人は命に感謝しない。もっと繊細にするには恐怖を見せ付けなくては。奴らに違う生き方をするよう強いる、それが私という恐怖だ。」



∽ 総評 ∽

一家全員の惨殺を行ったオノプリエンコ。

1人2人ならまだしも、あえて家族全員を皆殺しにするという鬼畜極まりない異常ぶりをオノプリエンコは発揮した。

オノプリエンコがこれほどまでの異常性を身に付けたのは、幼少時の育児放棄が原因であると思われる。

母親が早くに亡くなってしまった事はオノプリエンコにとって可哀想な出来事ではあるが、虐待を受けて育つよりは遥かにましである。

オノプリエンコはあらゆる家族を皆殺しにしているが、自分自身が家族の愛情というものを持てなかった為の復讐に感じてならない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★★☆
・特異性 ★★★★★★★★☆☆
・殺人数 52人

《犯行期間:1989年~1996年3月22日》