
フレデリック・コーウェン (アメリカ)
【1943~1977】
フレデリック・ウィリアム・コーウェンは、1943年6月1日、アメリカで生まれた。
コーウェンは学生時代から成績が良く、周囲からも「育ちの良い若者」として評判の良い子供だった。
この頃の趣味はフットボールとカーレース。
その後、体重が100キロをこえ大男に成長したコーウェンは、ウェイトリフティングの選手を経て、陸軍に入隊する。
この陸軍時代にドイツに派遣されるのだが、その派遣先のドイツでナチ思想にかぶれる事となる。
この時代、ドイツはまだ西と東に分かれており、しかも第二次世界大戦が終わってからそれほど経っていないので、まだナチスドイツの面影が残っていてもおかしくない。
ただ、影響を受ける受けないは本人の気持ち次第なので、結局コーウェンは内に秘めた闇を元々抱えていたと思われる。
軍を辞めてからは、地元の運送会社の倉庫に職を得て働き始める。
普段はおとなしく、勤務態度も悪くなかったが、同年代の友人も彼女もいなかった。
コーウェンは日頃から
「女は必要ないんだ。男になりたけば銃を持てばいい」
と豪語していた。
以前掲載したブレンダの時もそうだが、銃に傾倒する人間は必ず何らかの事件を起こす事が多い。
何故そういう思考に至るかというと、それはアメリカが銃社会で、誰でも容易に銃が手に入るからに他ならない。
銃社会の問題は、何も銃が手軽に手に入るということだけではなく、銃という凶器に心酔する精神を抱き易いというにある。
そんなコーウェンは、部屋中にナチスやヒトラーのグッズを集めては飾り、銃やライフル、銃剣、斧や鉈等を持っていた。
しかもコーウェンは、ドイツ陸軍のヘルメットを被って散歩したり、近所の行きつけのバーで
「ハイル・ヒトラー!」
と叫ぶ変人になっていく。
ナチスに憧れを抱く人間は現代でも多い。
ヒトラーの影響力は、良くも悪くも非常に高く、それほどインパクトがあったということだろう。
コーウェンの奇行には拍車がかかり、バーの客にユダヤ人女性が居るというだけでキレて、店のTVを破壊したこともあった。
またコーウェンは、アフリカ系アメリカ人の男性とデートした白人女性をライフルで殺そうとしたこともあった。
散歩中のラブラドール・リトリバーを
「黒い犬は黒人を連想させる」
という理由だけで蹴り殺したこともあった。
この時点でコーウェンは、すでに『KKK (クー・クラックス・クラン) 』のような白人至上主義的思想に傾倒していた。
精神状態が不安定なコーウェンに、さらに追い打ちをかける事態が起こる。
コーウェンが大嫌いなユダヤ人上司によって会社をクビにされるのである。
11年務めた職場を失ったコーウェンは、この出来事でギリギリ保っていた精神状態がついに崩壊する。
1977年2月14日、バレンタインデイの早朝に、ライフルと銃4丁、ナイフで武装し、クビになった元職場を訪れた。
軍服に身をまとい、被っている帽子にはナチ親衛隊SSバッチが付けてあった。
コーウェンはまず、3人のアフリカ系アメリカ人作業員をライフルで射殺、発砲しながら自分をクビにした上司を探した。
駆けつけた4人の警官がコーウェンを止めようとしたが、全員が撃たれ1人が死亡する。
更にコーウェンは倉庫の外に向かっても乱射を始めた為、300人の警官隊が包囲する騒ぎに発展する。
この間、コーウェンは更に2人を射殺し、昼の12時には警察に電話しランチを要求する。
それから2時間後、最後の銃声とともに現場が静かになった。
最後にコーウェンは自分の頭を撃ったのである。
結局、コーウェンがどうしても殺したかったユダヤ人上司は、安全な場所に隠れ潜み無事であった。
コーウェンが職場に乗りつけた車には、
「俺から銃を奪えるのは死んで冷たくなった指からもぎ取る時だけだ」
という文章が残されていたのだが、まさにその通りとなり、自身の自殺によって事件の幕が降りた。
∽ 総評 ∽
以前掲載したブレンダのように、衝動的に大量殺人を犯す者を『スプリー・キラー』と呼ぶ。
本件のコーウェンも一見そのように思えるが、他のスプリー・キラーと少し違う所は、コーウェンには衝動的行動に出るしっかりとしたきっかけがあり、そのきっかけがそれほど理解できないわけではないことだ。
自分をクビにしたユダヤ人上司を殺す事が目的で、しかも他に殺した人間も嫌いな黒人が3人含まれており、純粋なスプリー・キラーのように目についた全ての人間を殺すといったところがない。
ただナチスドイツに心酔し、ヒトラーに憧れるといった危険な思考を持ち合わせいたことにはかわりなく、いずれ大量殺人を犯す可能性は十分秘めてはいただろう。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・残虐度 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★☆☆☆☆
・特異性 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
・殺人数 6人 (他負傷者多数)
《犯行期間:1977年2月14日》
コメント
コメント一覧 (4)
人を殺すのは、ある種「孤独」なのかな?と思ってしまいます。
ある意味そう言えるかもしれませんね。
殺人者の最期にはふさわしいのかなと。
死刑制度が無いから無期懲役というパターンは個人的にはモヤモヤするので
私もそうですね。
無期懲役とか終身刑とか納得いかないので自殺してくれるのは本当に良かったと思います。