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ウラジーミル・ウソフ (ロシア)
【 1957 ~ 2006 】



ウラジーミル・アレクサンドロヴィッチ・ウソフは、アルコール中毒の両親の家庭で育った。

5年生の時に「学校に行くな」という声が聞こえ、学校にあまり行かなくなる。

ウソフは公園や郊外の森で一日中ぶらぶらして過ごした。

両親にその事を問い詰められると、森と空を眺めるのが好きだと答えた。

ウソフは5年生をかろうじて終え6年生となるが、結局学校を中退した。

ウソフは両親や友人に定期的に不思議な声が聞こえると伝えた。

その声はウソフが行わなければならない特別な使命を伝えたが、時には行動を強制した。

しかも、その行動は無意味な事も多く、ある時は空腹ではないのにキッチンでジャムサンドイッチを作れというものであった。

両親はウソフを精神科に連れて行くと、精神科医はウソフを妄想型統合失調症と診断した。

その為、ウソフは14歳になると障害者給付金と年金を受け取った。

しかし、完全に学校に行かなくなったウソフは、内なる声と会話を交わしながら自分自身について考える事に時間を費やすようになる。


1974年、内なる声が少年を愛し性的行為に及ぶ事で地上での自身の存在を証明出来ると強く話し掛けてくる。

そして、17歳になった時に行動に移すよう要求してきた。

声を聞いて準備が出来ていたウソフは、17歳になるとクイビシェフの郊外で少年を探し始める。


同年8月1日、クイビシェフから少し離れた森の中で、7歳から10歳くらいの少年の遺体が発見される。

少年は激しく暴行されており、強姦されていた。

死因は絞殺で、ナイフやカミソリの刃に似た道具で陰茎を切断されていた。

同日、殺害されたのは7月30日から行方不明となっていたボリス・M (8歳) である事がわかった。

ボリスは昼食後、友人のアレクセイ・Vとラシャの家の中庭で遊んでいた。

すると、青いトラックスーツを着た男が突然3人に接近し、ナッツを集める為に近くの森に行こうと話し掛ける。

ラシャとアレクセイは拒否するが、ボリスはついて行ってしまう。

そして、行方不明となったのだった。

警察は捜査を始めるが、前日に大雨が降った影響で証拠が何も見つからなかった。


同年8月8日、ヤゴドノエの郊外で、ウソフはオレグ・L (5歳♂) に出会い、キャンディで誘惑して森の中へ連れ込んだ。

そして、泣いている少年を強姦した後、棒で殴り撲殺した。

その後、ナイフで腹部を数回刺し、陰茎を「記憶の為」に切り落とそうとするが、捕まるかもしれないという声が聞こえた為、死体を近くに捨てて逃走した。

2人の少年を殺害した内なる声がウソフを賞賛し、更なる殺人を要求した。


同年8月11日、ヴァレラ (7歳♂) が母親と友人とクイビシェフに飛行機で向かう為にバス停でバスを待っていた。

母親はヴァレリアに飛行機に乗る前に先にトイレに行っておくよう促した。

バス停からトイレまでは数十mしか離れておらず、母親はついて行かずヴァレラ1人で行かせた。

しかし、5分程度で戻って来るはずが10分経っても30分経っても戻って来なかった。

母親は心配となりトイレに行くもヴァレラはいなかった。

警察に知らせヴァレラを捜すと、1時間過ぎた頃にバス停から60m離れた茂みの中でヴァレラの遺体が発見された。

ヴァレラは頭と首を酷く殴られており、ジーンズと海水パンツは膝まで引き下げられていた。

我が子の様子を見て母親はその場で気を失った。

後にウソフが美しい鳥を見せて上げるとヴァレラをトイレの後ろの茂みに誘い込んだ事がわかった。

そして、ヴァレラを強姦しようするが騒ぎ出し、多くの人が近くにいたので強姦せず殴った後に片手で口と鼻を隠しもう片方の手で首を絞めて殺害した。

殺害後、死体を茂みに投げ捨てた。


同年8月23日、オレグの遺体がヤゴドノエ近くで見つかった。

警察は遺体の様子からヴァレラ殺害と同一犯だと考える。

警察は本格的な捜査が始まると、ウソフは声を聞かなくなりしばらく犯行を自粛する事が出来た。

しかし、1975年春が近づくと、再び声がウソフに多くの少年を殺すよう要求し始める。


同年4月20日、ウソフは自転車に乗って出掛けると、アンドレイ・M (7歳♂) と出会う。

ウソフはアンドレイを中庭に連れて行きズボンを脱がそうとすると、叫び始めた為、焦ったウソフは首を絞めた。

ウソフはアンドレイが死んだと思い、パイプの中に押し込んだが、アンドレイは意識を失っただけで奇跡的に生きていた。

助かったアンドレイだったが、犯人の事は幼い事もあり覚えていなかった。


同年6月17日、クイビシェフから離れたダーチャ近郊で、ウソフは路上でサーシャ・Y (11歳♂) と友人のトリヤと出会う。

ウソフは2人にダーチャにイチゴを食べに行こうと誘った。

しかし、途中でウソフはトリヤを地面に倒し、サーシャだけを連れ自転車を走らせた。

その後、トリヤは2度とサーシャに会う事は出来なかった。

ウソフは人里離れた森の中にサーシャを連れ込むと強姦し、首を絞めて窒息させ胸をナイフで刺して殺害した。

だが、いつもは死体を捨ててその場を去っていたが、今回は死体を処理して痕跡を消す事に決める。

ウソフは乾いた枯れ葉で死体を覆うと、それに火を放った。

しかし、激しい炎による熱と、肉が燃える事で発生する独特の匂い、また、煙の影響によりウソフは意識が飛びそうになり、まともに歩く事も出来なくなる。

ウソフは何とかその場を離れようとするが、自転車には到底乗る事は出来ず、現場から30mほど離れた場所に自転車を捨てた。

数日後、自転車を回収した警察が多数の指紋や犯罪の痕跡を見つけ、同年夏頃にウソフを逮捕した。

ウソフはこれまでの犯行の残虐な行為について詳細に語った。

そして、それは全て「声」が聞こえ殺すよう強制されたと述べた。


1976年、ウソフはかつてクイビシェフの医師に妄想型統合失調症と診断されていたが、セルブスキーモスクワ研究所の専門家によっても確認された。


1977年6月1日、ウソフの裁判が始まった。

検察側はウソフの計画的殺人、強姦、窃盗など社会的に危険な行為だと主張した。

しかし、裁判所は被告の精神疾患を理由に刑事責任を免除されるべきであり、特別な精神病院での強制治療を行うという判決を下した。

病院に送られ多くの医師が治療を試みるが、ウソフは治癒する事なく結果は毎回同じであった。

その後、ウソフはサマラ州のクリニックに移されるが、1996年に脱出する。

そして、2人の少年を誘拐して殺そうとするが、その場になると怖くなり殺さず翌日逮捕された。


2006年、30年拘束されたウソフは死亡する。

ウソフは1970年代、旧ソ連最悪の連続殺人犯の1人とされており、また、ロシア史上 (ソ連を含む) 最年少の連続殺人犯とされている。



《殺人数》
4人 (他数人の被害者)

《犯行期間》
1974年7月30日~1975年6月17日



∽ 総評 ∽

『The Hunter of Boys (少年のハンター) 』と呼ばれ、1970年代ソ連最悪の連続殺人犯とされるウソフ。

ウソフは「声が聞こえそれが命令してきた」と述べて犯行に及んだが、これは精神破綻者にありがちな動機である。

正直、平気で人を殺せる人間はまともなわけがないので、声の1つでも聞こえてもおかしくない。

ただ、問題なのはそれを理由に刑が軽くなる事だ。

「精神病は無罪」というのは一体どういう理屈なのだろう。

「精神を病んだのは本人の意思ではなく、また、精神を病むと本人の意思とは関係なく犯罪を犯す」からなのだろうか。

だが、殺人を犯したのは紛れもなく本人であり、被害者からすればやられた犯罪が全てであり、相手の状態なんてどうだっていいのである。



* 追伸 *

今日までアメリカとロシアの殺人鬼を交互に掲載してきました。

やはりアメリカとロシアは世界の力関係同様、殺人鬼の質も群を抜きますね。