_20200801_075135
ジェイク・パターソン (アメリカ)
【 1997 ~      】



ジェイク・トーマス・パターソンは、1997年6月17日に生まれた。


2007年、両親が離婚し、2015年、アメリカ・ウィスコンシン州ミノン近郊のノースウッド高校を卒業した。

高校卒業後、パターソンはアメリカ海軍に入隊するが、1ヶ月後にサンディエゴ訓練施設を除隊となった。

パターソンはウィスコンシン州バロンでジェイミー・リン・クロス (13歳♀) を見かけると一目で気に入る。

その後、ジェイミーを尾行し家を突き止める。


2018年10月5日、パターソンはジェイミーの家に向かうと、クロスを誘拐しようとする。

しかし、周囲に人がおり目撃される事を恐れ止めた。


2日後の7日、再び家に行きジェイミー誘拐を試みるが、目撃されるのを恐れ再度中止した。


同年10月15日、パターソンは3度目の訪問を行う。

パターソンはスキーマスクと黒いコートで身を包み、ショットガンで武装して家を訪ねた。

すると、ジェイミーの父親ジェームズ (56歳) が現れ、玄関のガラス部分からパターソンに光をあて身分証を見せるよう促した。

パターソンが、

「ドアを開けろクソ野郎!」

と叫ぶとジェームズに発砲し射殺した。

パターソンはロックされていたトイレのドアを撃って開けると、家の中に侵入した。

ジェイミーと母親デニーズ (46歳) はバスルームに隠れ、デニーズは泣きわめくジェイミーを慰めながら911に連絡した。

その後、パターソンは2人を見つけダクトテープでジェイミーの手首と足首を縛り、デニーズを撃って射殺した。

午前12時53分に911に連絡が入ったが、デニーズは何も喋らず、オペレーターは電話が切れる直前に騒動と叫び声を聞いていた。

パターソンはジェイミーを引き摺って外に連れ出したが、その時、デニーズとジェームズの血で滑らせて運んだ。

911の連絡を受け警察官が4分後に現場に到着するがすでに犯人はいなかった。

キャビンに到着したパターソンはジェイミーをマットレスの下に押し込み、全ての出口を塞いで眠りについた。

クロス一家の惨劇は大々的に報道された。

ジェイミーの両親は射殺され、ジェイミーの遺体がなかった事から強盗目的ではないと判断された。

捜査官のみならず2000人のボランティアによる大規模なジェイミー捜索が展開された。

ただ、警察はこれまでの統計からジェイミーはすでに殺害されていると考えていた (目的にもよるがすぐに殺される場合が多い) 。


同年10月26日、ジェイミーについての有力な情報提供者には5万ドル (約500万円) の報酬が与えられる事が発表された。

警察は捜査を続けるがジェイミーの所在はおろか有力な容疑者を特定する事も出来なかった。

パターソンは基本的にジェイミーをベッドのマットレスの下に監禁し、ほとんどそこから出す事はなかった。

それはパターソンの家族が家に来た時も変わらなかった。

また、パターソンが家を空ける時は洗濯物を積み重ねバリケードにし、

「居ない時に出ようとしてもすぐにわかるぞ」

と脅した。

ある日、ジェイミーをツインベッドの下に閉じ込めたが、中から出たと思い暴行を加えた (実際は出ていない) 。


同年12月25日、パターソンはクリスマス・パーティーに出掛ける事になり、出掛けている時に逃げたら殺すと脅した。

ただ、パターソンはジェイミーに対して性的欲望を抱いていたが、両親を射殺してしまった罪悪感から手を出せないでいた。

パターソンはジェイミーが自分を怖がり、脱出なんてしないと思い込んでいた。

ジェイミーは、
「私は逃げたりしないので鍵を掛けないで下さい」
と頼み、パターソンはそれを信じてドアに鍵を掛けなかった。


2019年1月10日午後、ウィスコンシン州ゴードンにあるパターソンの父親が所有する家からジェイミーが逃げ出す。

パターソンは数時間出掛ける予定があり、ジェイミーはパターソンが家を離れた後、シャツにレギンス、スニーカーを履いて逃げ出した。

犬を散歩していたジェーン・ナターはジェイミーを目撃すると、すぐにニュースで話題の行方不明となっている子だと気付き、隣人の家に連れて行った。

すぐに警察を呼び、ジェイミーはジェイク・パターソンに両親を殺害され、監禁されたと述べた (88日間監禁されていた) 。

同日午後4時55分頃、パターソンの家に到着すると、車に乗るパターソンを止めた。

車から降りたパターソンは、

「私がやりました」

と述べ、その場で逮捕された。

ジェイミーは病院に搬送され入院する事となった。

翌朝、ジェイミーは退院し、叔母の家に住む事となった。

ジェイミーの両親が働いていた会社の親会社ホーメルが、ジェイミーに2万5000ドル (約250万円) を与える事を決定した。

パターソンはジェイミーを誘拐し、両親を殺害した事を告白した。

パターソンにはこれまで1度も犯罪歴がない事がわかった。

パターソンは2つの殺人、誘拐と武装強盗等で起訴された。


同年1月14日、パターソンの保釈金は500万ドル (約5億円) に設定された。


同年5月24日、裁判官は武装強盗に関しては無罪とし、2件の殺人で2つの仮釈放の可能性がない終身刑が、誘拐で懲役40年を言い渡した。

刑務所に収監されたパターソンは、質問されたテレビ局の記者に手紙を書いた。

手紙には謝罪と、犯行に備えて様々な措置をとったという警察の報告とは対照的に犯行は衝動的だと記されていた。

また、ジェイミーが監禁されていた88日間に関して「一緒にテレビを観たりボードゲームをしたり料理を作った」と書かれていた。


同年6月20日、パターソンは性犯罪者として登録され、7月にはダッジ強制施設からニューメキシコ州の刑務所へ移送された。


同年8月、パターソンは刑務所内で起こった暴動に参加した。



《犯行期間》
2018年10月15日~2019年1月10日



∽ 総評 ∽

誘拐・監禁事件は世界各国で発生しているが、アメリカが非常に多い。

これまで少女監禁事件はいくつも紹介してきたが、大抵が家族の隙をみて子供だけを誘拐している。

しかし、パターソンの場合は邪魔な両親を殺害後に誘拐するという大胆なものであった。

ただ、逃げようとしたら殺すぞと脅して動きを封じていただけで、実際には厳重にロックしない所か綿密に作られた場所に監禁するわけでもなく、その犯行は非常にお粗末なものであった。

その結果、88日後には逃げられるのだが、監禁事件としては早期に解決した事件といえる。

通常、気に入った少女や女性を拉致した場合、犯人は凌辱の限りを尽くすものだが、パターソンは手を出さなかった。

両親を殺害した事への罪悪感から強姦しなかったらしいが、真意は別として強姦されなかった事は唯一の救いといえる。