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ルイ・ジョーンズ (アメリカ)
【 1950 ~ 2003 】



ルイ・ジョーンズ・ジュニアは、1950年3月4日、アメリカ・テネシー州シェルビー郡で生まれた。

その後、ジョーンズはイリノイ州シカゴで育った。

ジョーンズは性的及び肉体的虐待を受けて育った。


ジョーンズはアメリカ陸軍に入隊し、グレナダ侵攻と1991年には湾岸戦争に参加した。

グレナダ侵攻では小隊のリーダーであり、地上攻撃の際の行動により表彰メダルを受け取った。


軍曹となり陸軍を22年務めた後、1993年に退役した。

退役後、バスの運転手として働いた。

ジョーンズは3度結婚し、バーバラという娘がいた。

元妻の1人サンドラ・レーンは陸軍参謀長でバーバラを育てていた。

ジョーンズはバーバラとは疎遠となっており、レーンがイラクから戻って来た所を会いに行く事にした。


1995年2月18日、ジョーンズはテキサス州サンタンジェロのグッドフェロー空軍基地に行き、元妻レーンを探した。

だが、レーンが見つからなかった為、代わりにミネソタ州センタービル出身の軍人トレーシー・ジョイ・マクブライド (19歳♀) を誘拐する事に決める。

マクブライドが友人に連絡している所を拉致する。

拉致している所を2人の民間人が目撃し、救出に向かうがジョーンズは2人を殴り1人を意識不明にした。

マクブライドを家に連れ込むと強姦し、クローゼットに押し込み、証拠隠滅の為に過酸化水素水で服を洗うよう強要した。

その後、マクブライドを車に乗せ遠くまで移動するとタイヤアイアンで殴り殺した。

マクブライドの遺体がテキサス州コーク郡の橋の下で見つかり、アメリカ陸軍の戦闘服に身を包んだ状態で発見され下着は身に付けていなかった。

検死を行うと頭を少なくとも9回殴られている事がわかった。

検死官は頭の傷について
「自動車事故によるものより酷く残酷だった」
とその凄惨な様子について話した。

また、検死官はマクブライドのブーツの底に泥が見つかり、擦り跡がない事から殺害される場所まで自ら歩く事を強要されたと判断した。

ただ、衣類からは強姦の法医学的証拠は見つからなかった。


同年2月16日、ジョーンズはレーンを誘拐し、銀行口座から現金を引き出させ、家に連れ込み強姦した。


同年3月1日、レーンはアメリカ空軍特別捜査局 (OSI) ジョーンズを訴え、ジョーンズは逮捕された。

アメリカ空軍特別捜査局は、ジョーンズがマクブライド殺害に関与しているか調査し、ジョーンズを問い詰めた所マクブライド殺害を告白した。

当初、ジョーンズは強姦について否定した。

ジョーンズは強姦の証拠を消す為に隠蔽工作を図り、実際証拠は見つからなかったが、後に精神科医に強姦を告白した。


同年3月、ジョーンズは起訴され、テキサス州ラボックにある連邦裁判所で裁判にかけられた。

連邦裁判にかけられた理由は「軍事基地からマクブライドを誘拐した」からであり、告訴状は「特別な海上、領土管轄内における死をもたらす誘拐」であった。


同年10月16日、ジョーンズの裁判が始まり、陪審12人の内、9人が女性であった。

ジョーンズに犯罪歴はなかったが、元妻レーンは以前、ジョーンズがイラクから戻った後、行動に変化が見られたと話した。

その為、ジョーンズは ″湾岸戦争症候群 (湾岸戦争に従軍したアメリカ軍やイギリス軍の兵士に集団で発生したとされる脱毛、疲労感、疼痛、記憶障害、倦怠感、関節痛等一連の症状) ″ にかかっていたのではとされた。

また、ジョーンズには脳損傷を示す証拠が提示された。


同年10月23日、陪審の65分の審議の後、有罪判決が下され、死刑が言い渡された。

控訴手続きを通してジョーンズの弁護士は、イラクで神経ガスにより脳の損傷を主張し、死刑を免れるべきだと述べた。

弁護士は湾岸戦争症候群に関して初めて主要な研究を発表したテキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターの疫学部長ロバート・ヘイリー博士に連絡を取り、ジョーンズの医療記録の確認を依頼した。

ヘイリーはジョーンズの脳の診察し、
「彼の犯罪の悲劇的な出来事に大きく貢献した原因である」
と主張した。

アメリカ上院議員ケイ・ベイリー・ハチソンは、死刑を執行する前に脳の損傷について調べるべきだと主張した。

また、実業家で政治家であるロス・ペローは仮釈放なしの終身刑にすべきだと述べた。

ただ、マクブライドの遺族はジョーンズの処刑を強く主張した。


1999年、アメリカ最高裁判所はジョーンズの死刑判決を覆す事を拒否した。

ジョーンズは連邦政府による死刑が再開して以降、3人目の死刑囚となった。


2003年3月18日、マクブライドの家族が見守る中、ジョーンズの死刑が執行された。

享年53歳。

ジョーンズの死刑執行は2020年7月14日にダニエル・ルイス・リーが処刑されるまで連邦政府による最後の執行であった。



《殺人数》
1人 (他元妻への暴行)

《犯行期間》
1995年2月18日



∽ 総評 ∽

元妻を探しに行き代わりに19歳のマクブライドを拉致し強姦して殺害した。

元妻を探しに行ったのに何故そうなるのか理解に苦しむが、ただ単にマクブライドを一目で気に入り強姦したいと思ったのだろう。

もしくは元妻が見つからなかった事への怒りがマクブライドに向けられたのかもしれない。

ただ、もし元妻と出会えていればおそらくマクブライドは死ぬ事はなかったと思うので悲運という他ない (実は前からマクブライドの事を気になっていてそれが目的だったかもしれないが) 。

結局元妻と接触すると脅して金を下ろさせ、しかも強姦するというもはや救いようのないただの鬼畜である。

マクブライドは連邦裁判により死刑となり執行された3人目となったが、死刑判決も執行も数をみれば稀な事は明白だ。

これ程の陰惨な強姦殺人であれば、アメリカなら普通に死刑が執行されてもおかしくないが、白人の女性軍人が黒人の退役軍人に強姦され殺害されたというのが死刑を後押しした可能性が高い。