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クラウディア・ミヤンゴス (メキシコ)
【 1955 ~      】



クラウディア・ミヤンゴスは、1955年5月26日、メキシコ・シナロア州マサトランで生まれた。

ミヤンゴスは4人の女子、3人の男子の7人兄妹の末っ子で、父親アントニオは愛情をもって子供達に接した。

しかし、母親マリアは権威主義的で支配的であり、また、信仰の狂信者でもあった。

その為、マリアは子供達を隔離し、外界との接触を避けた。

また、子供達に愛情を示す事もなかった。

アントニオは気弱で賢くなかった為、マリアに逆らう事が出来ず、仕事に専念する事で争いを避けた。

幼少期のミヤンゴスは社会的で友好的な少女で、友達に人気があった。

ただ、学校ではあまり明るくなく、教師には反抗的であった。

商取引を学んだミヤンゴスは、マサトランのビューティー・クイーンに選ばれる程の美貌の持ち主でもあった。

青年期を迎えると2人のボーイフレンドが出来るが、19歳の時にアルフレッド・カスターニョス・グティエレスと出会い、2年後に結婚した。

両親の死後、遺産を手にした夫妻はケレタロ州ケレタロに住み始めた。

夫妻にはクラウディア・マリア・カスターニョス・ミヤンゴス (1978年生) 、アナ・ベレン・カスターニョス・ミヤンゴス (1980年生) 、アルフレッド・アントニオ・カスターニョス・ミヤンゴス (1983年生) の3人の子供が生まれるが、ミヤンゴスは結婚当初から凶暴性を示していた。

結婚式の夜、行為に及ぶ際にミヤンゴスはグティエレスに激しく攻撃し、グティエレスが廊下に逃げ出す騒ぎとなった。

また、1982年、口論の末、鉈を持ち出しグティエレスを脅し、また、別の日にはハサミでグティエレスの頭を刺した事もあった。

1984年には激しい口論の末、車のホイールをナイフで傷つけた。

3人の子供をカトリックの学校に入れ、自身もカテキズム (キリスト教の教理を解りやすく説明し解説する事) の教師として学校で働いた。

ミヤンゴスはラモン神父を崇拝し、影響を受けるようになる (ただラモン神父は評判は良くなかった) 。

ミヤンゴスは子供達に対して母親同様支配的に接した。

また、ミヤンゴスはダウンタウンにファッションショップを開き、セレブが買いに来る店となった。

1980年代後半、ミヤンゴスの精神状態は不安定になっていき、魔術に傾倒するようになる。

近所の住人が庭に鳥の死骸を投げ込んだと騒いだり、娘が友達の家に泊まりに行くと、早朝、家へ行き「何故娘を連れ去るのか」と問い詰めた。

夫妻はテレビ番組「ディスカバリーチャンネル」の結婚カウンセリングに参加したが、1989年、夫妻は離婚する事になる。

1989年に入るとミヤンゴスの精神は悪化の一途を辿り、悪魔と天使の幻覚を見るようになる (と本人が後に語っている) 。


同年4月23日、グティエレスは子供達を学校に迎えに行き、ミヤンゴスの家に連れて行った。

グティエレスはラモン神父を調査しており、ラモン神父が犯罪者である事を伝え、寄りを戻したい旨を伝えた。

しかし、ミヤンゴスはその事に激怒し、寄りを戻したいというグティエレスの希望を拒絶する。

ミヤンゴスはグティエレスを家から追い出し、ドアの鍵を開けると寝室へ赴き子供達と眠りについた。


数時間後の24日午前4時頃、ミヤンゴスは頭の中で大きな声が聞こえて目を覚ました。

声はミヤンゴスに子供達を包丁で襲うよう指示した。

恐ろしくなったミヤンゴスは友人のベロニカに電話する。

ベロニカはミヤンゴスに落ち着くよう話し、午前中に家に行く約束をした。

だが、電話を終えた午前5時頃、ベッドから起き上がったミヤンゴスは服を着て台所に向かう。

そこでナイフを持ち出し、アントニオ (6歳) を起こすとナイフで刺した。

アントニオはベッドに寄りかかり、ミヤンゴスはアントニオの左手を掴むと再度激しく刺して殺害した。

アントニオの悲鳴や叫び声で長女のクラウディア (11歳) が目覚め、部屋にやって来る。

ミヤンゴスは急いでナイフを取り替え、クラウディアを6回刺した。

負傷したクラウディアは何とか部屋を出て激痛と絶望の中、必死に叫び絶命した。

この叫びで隣人は目を覚ました。

ミヤンゴスは3本目のナイフを手に取り、残るアナ (9歳) の心臓を刺して殺害した。

叫び声で隣人が警察を呼び、ミヤンゴスの家に駆けつけ中に進入する。

すると、壁一面が血まみれであり、まず、アントニオの遺体を見つける。

アントニオの遺体は階段の真ん中に置かれ、体の周辺は血が溜まっていた。

その凄惨な様子に警察は父親のグティエレスに連絡し、来るよう促した。

その後、クラウディアの遺体を見つけ、最後にアナの遺体を見つけた。

アナの遺体の隣には凶器のナイフを持って眠っているミヤンゴスがおり、ミヤンゴスはその場で逮捕された。

ミヤンゴスは子供を殺害した事を認め、

「殺せと命じられた。殺さないとマサトランが無くなると言われた」

と述べた。


同年4月27日、ミヤンゴスは尋問に対し、

「ラモン神父がテレパシーで私に話し掛けた。彼は私に離婚するよう指示した。彼は私に影響を与えた。母はラモン神父と私が接触するのを嫌っていた為、ラモン神父は呪いで母を殺した。夫は寄りを戻したいと言い、多くのプレッシャーで私は精神をコントロール出来なくなっていた」

と答えたがすぐに発言をかえ、

「何も覚えていない」

と言ったり

「友人のベロニカが家のドアをノックして起きた。その後病院に搬送された。私の子供達は家で眠っている。私は子供を愛している」

と話した。


同年11月30日、ミヤンゴスを診察した医師は、妄想型統合失調症及び側頭葉てんかんと診断した。

ミヤンゴスは裁判で懲役30年が言い渡された。


2019年4月24日、犯行から30年経ったこの日、ミヤンゴスは釈放された。

ミヤンゴスの釈放についてメディアは大々的に取り上げ話題となった。

余談だがミヤンゴスが逮捕され時、兄アントニオ (当時43歳) はアルコール依存症の薬物中毒であり、精神病であった為入院していた。

また、もう1人の兄アルベルト (当時41歳) は精神遅滞や発作に苦しみ、弟ラファエル (当時31歳) はダウン症であった。

残る3人の姉妹は普通の結婚生活を送っていたが全員が何らかの問題により離婚している。

ミヤンゴスの犯罪を犯した家は幽霊が出る幽霊屋敷として地元では有名で、それはメキシコの超常現象テレビ番組「Extranormal」によって扱われ放送される程であった。



《殺人数》
3人

《犯行期間》
1989年4月24日



∽ 総評 ∽

『The Quretaro Hyena (ケレタロのハイエナ) 』と呼ばれ、子供達を殺すよう声が聞こえたと主張したミヤンゴス。

ミヤンゴスは典型的な妄想型統合失調症といえる。

歴代のシリアルキラーにも同様な人物が非常に多い。

ただ、ミヤンゴスは突然そうなったわけではなく、幼い頃からそのような兆候を示しており、結婚して子供を生んでからは顕著であった。

ミヤンゴスの兄妹、特に男兄弟も精神的など色々問題があり、そういう血脈なのか、母親の狂信的な信仰の影響なのかわからない。

だが、全員となるととても偶然とはいえず、まず、それらの影響が少しはあったと思われる。

ミヤンゴスはラモン神父を崇拝し、大いに影響を受けたが、正直胡散臭さしかなく個人的に全く信用出来ない。

ダメな人間を崇拝した結果、自身の精神状態と相まって最悪な結果になったといえる。