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ホセ・アマラル (ブラジル)
【 1871 ~ 1927 】



ホセ・アウグスト・ド・アマラルは、1871年、ブラジル・ミナスジェライス州コンキスタで生まれた。

アマラルはコンゴ・モザンビークからの奴隷の息子として生まれるが、1888年、イザベル女帝による「黄金法」により奴隷廃止となって自由の身となった。

しかし、奴隷制度の名残がすぐに消える事はなく、多くの仕事に就くのが困難であった為、アマラルは陸軍に加わった。

アマラルはいくつかの都市で奉仕し、「カヌードス戦争 (1896年11月~1897年10月にかけて行われた民衆と政府軍との間に起きた紛争) 」にも参加した。

アマラルは軍務に就いていながら何度も姿を消した為、後に逮捕され数ヶ月間刑務所で過ごした。


1926年、放浪者として過ごしていたアマラルは、27歳の男性の首を絞め強姦した。

殺害後、遺体を死姦し、カンポ・デ・マルテ空港の近くに捨てた。


その後、サンパウロに移動し、同年12月23日、10歳の少年を殺害する。

そして、遺体がまだ温かい内に死姦した。

少年の無惨な遺体は13日後に見つかった。

続いてアマラルは年内にアントニオ・レモス (15歳♂) を襲い、首を絞めて殺害した。

その後、レモスの遺体がまだ温かい内に死姦した。

また、アマラルは高架下で靴磨きの少年 (9歳) の首を絞めるが、遠くで声が聞こえた為、少年を置いて逃走した。

被害男性は警察に犯人が黒人である事を告げた。

地元メディアは犯人が黒人だとわかると、『The Black Monster (黒い怪物) 』または『The Black Devil (黒い悪魔) 』と新聞に大々的に掲載した。

その後、アマラルは逮捕されるが殺人を告白しなかった為、警察官らによって拷問を受けた。

最終的にアマラルは犯行を告白する。

アマラルが逮捕される事が世間に知れると、怒り狂った市民が押し寄せ、民衆によるリンチが要求された。


1927年7月12日、逮捕から5ヶ月後、裁判が行われる前にアマラルは結核により死去した。

余談だがアマラルはブラジル最初のシリアルキラーとされている。



《殺人数》
3人 (他被害者1人)

《犯行期間》
1926年



∽ 総評 ∽

『The Black Monster』または『The Black Devil』と呼ばれ、ブラジル初めてのシリアルキラーとされているアマラル。

アマラルは男性ばかりを好んだゲイだと思われるが、初めからそうなのか後天的にそうなったのかよくわからない。

アマラルは黒人であった為、逮捕されると市民が怒り狂い、リンチさせろと騒いだが、当時は黒人差別が顕著であった。

そもそもアマラルは奴隷の子として生まれ、1888年に奴隷制度が廃止になるまで奴隷であった。

奴隷制度が廃止されたからといって当然すぐに奴隷だった人間の立場が平等になるわけがなく、アマラルも仕事を見つける事が出来なかった。

生きた時代が悲劇だと言ってしまえばそれまでだが、アマラルの犯罪と奴隷は全く関係ない。

例えば今まで散々こき使われてきた白人たちを殺しまくったのなら話もわかるが、狙ったのは年端もいかない少年である。

しかも、殺害した後、まだ温かい死体を犯す事を好んだ異常者である。

ただ、これまで「◯◯国初めてのシリアルキラーとされる」という紹介を何人もしてきたが、最初のシリアルキラーというのは大抵の国でそれなりに記録がある。

衝撃的な為記録があるのかもしれないが、冷静に考えれば驚きである。