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アメリア・サック (イギリス)
【 1873 ~ 1903 】



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アニー・ウォルターズ (イギリス)
【 1869 ~ 1903 】



アニー・ウォルターズの前半生についてはほとんど知られていないが、アメリア・サックはイギリス・ドーセット州ハンプレストンで生まれた。

サックは10人兄妹の4番目で、他に3人の姉妹がいた。


1896年、サックはジェフリー・サックという建築業の男性と結婚した。

その後、サックはロンドンのスタンリー・ロードで託児所施設を経営した。

そして、その施設でウォルターズが働き始める。


1900年頃、サックは「赤子を引き取る」と宣伝し始める。

赤子を預けたのは公に子供を産めない女性で、大部分が地元の名士のもとで働く召使いであった (名士との不貞の結果妊娠した) 。

雇い主によって不本意に妊娠した問題を慎重に解決する為にサックのもとを訪ねた。

サックは赤子を引き取る事で産褥や養子縁組にかかる費用を「贈り物」として25から30ポンドを受け取っていた。

ウォルターズは赤子が産まれると、クロロダインを飲ませ殺害した。


1902年、サックとウォルターズは逮捕される。

2人が殺害した赤子の正式な数は不明だが、数人から一説では数十人とされた。

裁判中、調査で施設からは多くの赤子の服が見つかり、それらは証拠として提示された。

地元の住民は2人への減刑を求めたが、死刑が言い渡された。


1903年2月3日、ホロウェー刑務所で絞首刑による死刑が執行された。

このサックとウォルターズの死刑執行は、近代史において最後に絞首刑で執行された女性とされている。

また、死刑執行人ヘンリー・ピアポイントが執行した最初の女性でもあった。

2人による犯行は1900年から1902年とされているが、近年の研究で実はもっと前から行われていたのではないかとされた。

1899年、ルイーズ・マセットは実の息子マンフレッド殺害の罪で問われた。

ルイーズはルーカスという男性と結婚する為にマンフレッドが邪魔だと考え、殺害に至ったのだとされた。

また、状況証拠がルイーズが犯人だと示唆していたが、ルイーズは無実を主張し続けた。

ルイーズは育ち盛りの子供たちの世話をする施設を所有する2人の女性にマンフレッドを預けたと話した。

警察はその2人の女性を捜索すると述べたが、見つからなかった (ただ実際に警察が捜査にあたったかは不明) 。

結局そのまま裁判は進められ、赦免の嘆願も拒絶され死刑判決となり死刑が執行された。

また、資料によるとサックは母親であり、子供が1人いた。

ウォルターズはそのほとんどが不明であったが、結婚しており看護師であった事はわかっている。



《殺人数》
数人~数十人

《犯行期間》
1900年~1902年



∽ 総評 ∽

『The Finchley baby farmers (フィンチリー託児経営者) 』と呼ばれ、赤ん坊や子供を次々と殺害したとされるサックとウォルターズ。

今から100年以上も前の話なので詳細が伝わっていないが、それがかえって恐ろしさを増している。

2人が何故このような犯行に及んだのかよくわからないが、金銭目的なのははっきりしている。

こういった犯行はこれまで何人か紹介しているが、女性殺人鬼に非常に多い。

有名な所では「天使牧場」のゴンザレス姉妹がいるが、こういった犯罪を行う女性は冷酷で本当に恐ろしい。

基本的に女性による殺人の動機は、快楽という事はほとんどなく、金銭か怨恨が大半を占める。

2人は近代史における最後に絞首刑を執行された女性とされている。