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ドニエプロペトロフスクの狂人達 (ウクライナ)
2007



一連の殺人事件は、2007年7月7日にアンドレイ・シデュクとヴァディム・リャホフの2人の少年が襲われるまで連続殺人とは思われていなかった。

それどころかシデュク殺害は助かったリャホフによるものだと疑われ、リャホフは逮捕された。

リャホフを犯人だと確信していた警察は、弁護士を呼ぶことをさせず、尋問の際には容赦なく殴った。

だが、リャホフ逮捕後も犯行は続いた為、警察は犯人ではないと考え、襲われた時に見た犯人の顔をスケッチさせた。

同年7月14日のママルチュク襲撃を目撃した地元の2人の少年も証言した。

犯人逮捕に特別チームが結成されたが、調査は当初公開されず秘密にされた。

その為、地元住民は襲われる可能性について警告されたり、容疑者について説明を受ける事はなかった (だが短期間での凄惨な犯行は否が応でも地元住民の知れる所となり、すでに夜にはほとんど家を出る者はいなくなっていた) 。

捜査官は犯人の顔のスケッチを地元の質屋に配り、すぐに犠牲者から盗まれた物が確認された。


そして、同年7月23日、シュプルンヤク、サエンコ、ハンザの3人が逮捕された。

逮捕された3人はすぐにこれまでの犯行を自白し、21人の殺害を告白した (後にシュプルンヤクは自白を撤回した) 。

ただ、ハンザは元々血液恐怖症であり、その為、殴ったりする犯行に直接関わっておらず、動物の解体すらも参加しなかった。

ハンザは車の手配等は行ったものの、最初に2人の男性への強盗に参加して以降、その後の犯行は断っていた。

地元メディアは事件を大々的に報道すると共に、3人の親が地元の法執行機関と関係があり影響力を持っていると報道した。

しかし、内務副大臣を含む当局が当初、3人の容疑者全員が貧しい家庭であると主張し、影響力はないと主張した。

だが、サエンコの弁護を父親の弁護士が行う事がわかると、当局の主張が虚偽である事がすぐに世間の知る所となった。

シュプルンヤクは21件の殺人、武装強盗等、合計27件で起訴され、サエンコは18件の殺人、5件の強盗等、合計25件で起訴された。

ハンザは2件の武装強盗で起訴された。


2008年6月、裁判が始まり、サエンコとハンザは全ての犯罪を認めたが、シュプルンヤクは無罪を主張した。

検察側は容疑者の衣服の血痕と殺人を記録した写真やビデオ映像を証拠に挙げた。

携帯電話やパソコンからはいくつもの写真や動画が見つかっていた。

弁護側はビデオに映っている若者がこのシュプルンヤクとサエンコではないと述べ、検察によって少なくとも10件以上の殺人が隠蔽され、捜査に深刻な問題があったと主張した。

サエンコやハンザの弁護士はシュプルンヤクが一連の事件の首謀者であると述べ、シュプルンヤクに心理的依存があったと主張した。

また、シュプルンヤクが繰り返しサエンコを脅迫し、逆らえば命がないと思っていたと述べた。

それは中学3年以降常にそうであったと主張した。

検察はシュプルンヤクとサエンコに終身刑、ハンザに懲役15年を求刑した (ウクライナは2000年2月に死刑を廃止している) 。

ただ、検察は彼らの殺害動機について説明出来なかった。


同年末、3人が撮影した殺人の様子を録画したいくつかの映像が、パソコンからインターネット上に流出する。

その中の1つの映像 (後に「ウクライナ21」と呼ばれる) は完全な状態で流出し (映像の犠牲者はセルゲイ・ヤツェンコ) 、誰でも閲覧可能な状態となり「有史初のスナッフフィルム」と騒がれ問題となった (3人はすでに逮捕されているので何故流出したのかは諸説あり不明) 。

地元メディアは3人が殺人の様子を記録した映像を売りさばき、金持ちになる計画を抱いていたと伝えた。

また、3人の内の1人のガールフレンドが、40本のビデオを作ろうとしていたと報告した。

シュプルンヤクは逮捕前に外国のWebサイトの運営者と連絡をとり、40本の動画の注文を受けていた。

シュプルンヤクは同級生に殺人動画は高額で売れると話していた事もわかった。

また、シュプルンヤクらが犠牲者の葬式に出席している写真も複数見つかった。

彼らは葬式で笑みを浮かべ、棺桶や墓石の側で中指を立てていた。


同年10月29日、検察による300枚以上の写真やビデオ映像の証拠が法廷で流された。

弁護側は証拠は違法に入手されたものだと主張し、写真やビデオに写っている人物は容疑者に似せる為にデジタル加工されたものだと述べた。

裁判官が
「写真に写っている人物は自分であると認識しているか?」
という問いにシュプルンヤクとサエンコは自分達ではないと述べた。

だが、画像や動画を調査した専門家は何の編集も施されていないと証言した。

裁判官は弁護側による全ての抗議や異議を拒否し、検察側の主張を認め、全ての証拠が本物であると断定した。


2009年2月11日、3人は有罪となり、シュプルンヤクとサエンコには終身刑、ハンザには禁錮9年が言い渡された。

シュプルンヤクとサエンコの弁護士がすぐに上訴するが、同年11月、ウクライナ最高裁判所によって却下された。


最後に事件についての新聞の切り抜きを収集していたシュプルンヤクが添えていた言葉で終わりたいと思います。

「弱い人間は死ななければならない。最も強い人間が支配するだろう」



《殺人数》
21人

《犯行期間》
2007年6月25日~同年7月16日



∽ 総評 ∽

『The Dnepropetrovsk Maniacs』と呼ばれ、1ヶ月足らずで21人を殺害したシュプルンヤク、サエンコ、ハンザの3人。

犯行は残酷で陰湿、犯行の様子を写真や動画に撮る鬼畜振りであった。

しかも、相手はホームレスや子供、女性といった抵抗され難い弱者を狙っており卑怯極まりない。

犯行期間は丁度3週間であり、平均すると1日1人殺害した事になる。

瞬間大量殺人を抜かし、10人以上を殺害したシリアルキラーの中でおそらくトップクラスのハイペースで殺人に及んだ犯行と思われる。

若者による犯行はこういった遊び感覚で行うパターンが多いが、その中でも更に酷く惨たらしい犯行である。

通常、男性による殺人は強姦とセットであり、強盗による犯行以外では必ずと言っていい程強姦している。

だが、この3人の珍しい所は一切強姦していない所だ。

純粋に殺人のみに特化し、それを目的した快楽殺人鬼であった。

この3人を語る上で外せないのは「ウクライナ21」の映像であり、「有史初のスナッフフィルム」と言われている。

スナッフフィルムというのは昔からその真偽が問われており、ほとんどが嘘や作り物であった。

ただ、殺人鬼には自身の犯行を録画している者も少なくなく、実際に警察が数々押収している。

有名なものでは「Academy Maniacs」があり、ロシアの若者2人によって撮影された映像である。

このロシアの若者が影響を受けたのがこの「ウクライナ21」であった。

だがスナッフフィルムは娯楽用途で殺人を行い、それを販売する事を目的とする為、ただ撮影しただけでは厳密にはスナッフフィルムとは呼ばない (ただ本人たちはいずれ売ろうとしていたのでスナッフフィルムと呼べるが) 。

「ウクライナ21」は現在でもネット上で視聴する事が可能で、よく「検索してはいけないワード」として取り上げられる事が多い。

私は10年以上前に何度か見て、その後、しばらく見ていなかったが、この記事を作る前に1度見てみた。

相変わらず胸糞悪い内容で加害者に対して怒りしか込み上げないが、不鮮明な映像がよりリアルさに拍車を掛けているように改めて感じた。

興味のある方は1度見てみるのもいいが、正直決して良い思いはしないので気をつけて頂きたい。