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クリストファー・ピットマン (アメリカ)
【 1989 ~      】



クリストファー・フランク・ピットマンは、1989年4月9日、アメリカ・アラバマ州ハンツビルで生まれた。

ピットマンは幼い頃から精神的な問題を抱えており、12歳の時に2度家出した。

自殺の恐れがあるとして警察が保護し、施設に収監された。

6日間収監されたピットマンは、うつ病と診断されパキシル (別名パロキセチン) を処方された。

当時、ピットマンはフロリダ州オックスフォードに住んでいたが、祖父母の住むサウスカロライナ州チェスターへ父親の意向で送られた。

チェスターの精神病院に通う事になったピットマンだったが、パキシルがなかった為、代わりにゾロフト (別名セルトラリン) を処方された。

パキシルもゾロフトも抗うつ剤で様式も似ているが、基本的に薬を突然変更するという事はあまり行ってはいけない事であった。

ピットマンは薬を変更されてから副作用と呼べる行動を起こし始める。

それは妹が「躁病」と表現する程で、ピットマン自身も体全体が灼熱のように熱いと感じ、鎮痛薬が必要だと話した。

ピットマンはゾロフトについて不満を述べたが、医師は診察の末、投薬量を100mgから200mgに増やした。

ゾロフトはうつ病の悪化、異常な夢、偏執的な反応、幻覚、攻撃的な行動や妄想を抱く事が子供に多いと報告されていた。


2001年11月28日、ピットマンはスクールバスで生徒と口論となり、首を絞めて窒息させた。

その日の夜、祖父ジョー (66歳) と祖母ジョイ (62歳) の寝室に入ると、使用方法を教えてもらったショットガンで祖父母を撃って射殺した。

その後、蝋燭と紙を使って家に火を放ち、ショットガン、犬、33ドル (約3500円) 持って祖父母の車でその場を後にした。

この時、ピットマンはまだ12歳であった。

翌日、ピットマンは逮捕された。

ピットマンの犯行について、殺人とみなすか何らかの形で行われた殺人とみなすかについての検討が行われた。


事件から3年以上経過した2005年1月31日、ピットマンの少年ではなく成人としての裁判が始まった。

裁判で最も注目されたのは、元々の精神状態に対するゾロフトの影響についてであった。

また、ピットマンは父親による虐待を主張し、厄介払いにより祖父母のもとに送られたと話した。

ただ、祖父母との2年間の生活は自分の人生の中で最も落ち着いて安定していたとも述べた。

検察はピットマンが犯行時正常で、正誤の違いを十分理解していたと主張する。

その理由としてわざわざ蝋燭で火を放ち、火が広がる前に逃げた計画性を強調した。


同年2月15日、ピットマンは殺人罪で有罪判決となり、懲役30年が言い渡された。

しかし、判決に対していくつかの論争が巻き起こった。

2人の陪審が決定に強制された事を認め、別の1人の陪審が審議中にもかかわらず妻とバーテンダーに公判について話し合っていた事も発覚した。


2006年10月5日、サウスカロライナ州最高裁判所は、控訴について口頭弁論を審理した。

それと同時にピットマンを赦免する請願書も提出された。

また、ピットマンは刑務所に収監される事になった場合、成人刑務所に収監する事を延期するよう求められたが、延期は裁判官によって否定された。


2007年6月11日、裁判所は4対1の投票によりピットマンの有罪判決を確定させた。


2010年12月、ピットマンは懲役25年が言い渡され、釈放予定日は2023年2月22日である。

このピットマンの事件は全米に衝撃を与え、2006年後半に「ディスカバリー・チャンネル」やドキュメンタリー番組「48時間」で取り上げられている。



《殺人数》
2人

《犯行期間》
2001年11月28日



∽ 総評 ∽

わずか12歳という年齢で祖父母を射殺したピットマンだが、年齢もさる事ながら薬による影響ではないかと騒がれた。

確かにピットマンは歴代の鬼畜少年少女に比べて陰湿で残虐というイメージはそれほど強くなく、薬の影響と言われても仕方ないように思える。

元々服用していた薬から急遽変更した後に副作用と呼べるような言動が目立った。

ただ、だからといって祖父母を射殺し火を放つ程の行動に出るだろうか。

正直、ピットマンがここまでの犯行に至るのは父親の責任と言っても決して過言ではない。

そもそも父親が自分の家から祖父母の家に追いやらなければ祖父母はおそらく殺される事はなかった。

ピットマンは12歳という年齢に拘わらず、減刑されたとはいえ25年の懲役刑が言い渡された。

日本ではとても考えられない判決に、相変わらず少年にも厳しいアメリカ司法には頭が下がる。

ピットマンは2023年に釈放予定だが、その時はまだ30歳そこそこである。

釈放後に犯罪を犯さない事を祈る他ない。