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デイビッド・クレアト (アメリカ)
【 1993 ~      】



2015年10月13日午前6時頃、アメリカ・ニュージャージー州ウェストモントで、デイビッド・クレアト・ジュニアは息子ブレンダン (3歳) が行方不明になったと911に連絡する。

クレアトは目を覚ますと家からブレンダンの姿が消えていたと話した。

連絡から約3時間後、クレアトの自宅から8ブロック離れたクーパーリバーパークでブレンダンの遺体が発見される。

ブレンダンの遺体を検死すると、窒息により死亡した事がわかった。

警察は捜査を進めるが、犯人に繋がる証拠が見つからなかった。

そして、警察は次第に通報してきた父親クレアトを疑うようになる。


同年10月22日、ブレンダンの葬儀が行われる。

ブレンダンの母親サマンサ・デノトは、ブレンダンが死亡した時にはクレアトと別れており、別の所に住んでいた。

ブレンダンと一緒に住んでいたのはクレアトだったが、監護権は共有していた。


2016年1月12日、クレアトはブレンダン殺害で逮捕され起訴された。

クレアトの逮捕によりウェストモントの住民を安堵するが、同時に衝撃を受けた。

裁判で検察はクレアトの動機について語り、クレアトには17歳のジュリア・ステンスキーというガールフレンドがいた。

ステンスキーがブレンダンの事を嫌い、監護権を放棄する事を望んでいた事でこのままブレンダンが家にいたらステンスキーが離れてしまうのではと恐れ犯行に及んだと語った (ただしステンスキーは1度もそれらの事をクレアトに言っていない。事件後ステンスキーは別れている) 。


同年4月1日、弁護士がクレアトが尋問の際に権利を読み上げなかったとして告訴取り下げを主張した。


同年5月16日、裁判所は弁護士の主張を退けた。


2017年5月23日、ステンスキーは法廷で証言し、クレアトの執着の強さを語った。


同年8月23日、クレアトは過失致死罪で有罪判決となった。


同年9月29日、クレアトには禁錮10年が言い渡された。

クレアトが仮釈放の資格を得るのは2024年7月である (8年6ヶ月は刑務所にいる事になる) 。



《殺人数》
1人

《犯行期間》
2015年10月13日



∽ 総評 ∽

ガールフレンドに振られたくないという理由で我が子を殺したクレアトだが、その理由はあまりに酷い。

ステンスキーが子供を嫌っていたからと検察は主張したが、当のステンスキーは嫌いだとも監護権を放棄してくれとも実際にクレアトに頼んではいない。

もしかしたらそういった雰囲気をクレアトがステンスキーから感じ取ったのかもしれないが、彼女はまだ17歳である。

17歳であれば子供を鬱陶しいと思う事だってあるだろうし、多感な年齢を考えれば仮にそういう態度を取ったとして不思議な事ではない。

そんな17歳と別れたくないから我が子を殺すというのはあまりに惨めで情けない。

男の嫉妬ほど憐れで情けない事はないが、この事件を知ればまさにそう思わせる。