張 祥光 (ヂャン・シィァングァン 中国)
【 1965 ~ 2006 】
張祥光は1965年、中国黒竜江省鶏西市で生まれた。
1990年4月27日、張は母親と喧嘩した馮洪剛 (フォン・ホンガン♂) の家の窓を割った。
そのまま立ち去ろうとした張を馮が追い掛け、2人は喧嘩となる。
すると、張はナイフを取り出し馮の腹部を刺した。
馮は肝臓に穴が開き、失血死してしまう。
張は馮を刺した後、逃走した。
黒竜江省ハルビンに逃亡した張は、兄や従兄弟である張祥輝 (ヂャン・シィァンフゥイ) 、張祥明 (ヂャン・シィァンミン) と協力し、強盗を繰り返すようになる。
1999年11月13日、張ら3人はハンマーや鋭利なナイフ、自作の銃等で武装すると、侯延鳳 (ホウ・ヤンフォン 45歳♀) を襲った (事前に侯がお金を持っている事を調べていた) 。
祥明が侯の頭部をハンマー殴り、侯が地面で倒れると、所持していた1950元 (約3万円) を奪った。
また、張と祥輝はハルビンで海鮮店を営む韓祥華 (ハン・シィァンファ 44歳♀) を襲う計画を立てる。
祥明がバイクを購入し、張と祥輝は韓の行動をバイクに乗って確認した。
同年12月18日5時30分頃、韓の他に張微微 (ヂャン・ウェイウェイ 18歳♀) 、田広明 (ティェン・グゥァンミン 30歳♂) がバスから降りると、張と祥輝が韓、微微、田に向かってショッガンを発射した。
張らはバッグ等を盗んで逃走した。
ショッガンで撃たれた3人の内、韓は左肺を貫通し失血死した。
微微は右上肢と腰、腹部に傷を負ったが軽傷で、田は右大腿を負傷したが軽傷であった。
次に張らが標的としたのはハルビンで海鮮卸売市場を所有する張秀寿 (ヂャン・シゥショウ 46歳♂) であった。
張らは犯行を確実に成功させる為、秀寿の自宅経路を何度も追跡した。
2000年1月28日午後5時、張らはショッガンで武装し待機していると、秀寿の妻馬連鳳 (マー・リィェンフォン 45歳♀) が現れる。
3人が秀寿と馬にショッガンを向けると、秀寿が逃げようとした為、祥明が秀寿を撃ち、その後、馬も撃ってバッグを盗んで逃走した。
秀寿と馬は負傷したものの、一命を取り留めた。
張らは遼寧省瀋陽市へ逃亡し、同年12月29日午後5時30分、李秀華 (リー・シィァンファ 46歳♀) を襲う。
李がドアを開けると背中から祥明がショッガンで撃ち、弾丸は肺と胸部大動脈を貫通し李は即死した。
張らは李が持っていた3万元 (約50万円) を強奪した。
2003年1月18日午後5時50分、銀行の紙幣配達用バンが銀行の出入口で止まった。
護衛である王宏海 (ワン・ホンハイ ♂) が2つのお金の入ったバッグを持ち、車の警備員への引き継ぎの為に歩いて車に向かった。
すると、激しい爆発と共に張ら3人と共犯者1人の4人が、現金輸送車へ向かった。
爆発により8人の銀行員が大量の血を流して地面に倒れ、張らは220万元 (約3000万円) を盗んで逃走した。
事件は「1.18事件」と呼ばれ、大々的に報道された。
張は瀋陽市の義父の家に隠れ、祥輝と祥明他共犯者2名は瀋陽市から逃亡した。
同年2月9日、張は祥明に電話を掛けるが連絡を取る事が出来なかった。
張がすぐに瀋陽市から逃亡しなかったのは、銀行強盗による公安や警察の動きを確認する為だった。
その後、古い市場でミリタリーコートや毛布等を購入し、盲人を装って自転車で逃走した。
日中、食料品店に行って空腹を満たす為にビスケットを購入し、夜は郊外で干し草の中に隠れて過ごした。
瀋陽市から逃走した張以外の祥輝、祥明、共犯者2人は銀行強盗から21日も経たずに次々と逮捕された。
同年2月17日、瀋陽市から離れた張であったが、ターミナルで警察が張っていると考え、毎回バスを駅に入る前に降車した。
錦州を脱した張だったが、警察に目撃情報が伝わっている事を知り、長春やハルビン、大慶等を経由し、同年4月、内モンゴル自治区ジャラントンに到着した。
同年4月4日、祥輝ら4人に死刑が言い渡された。
警察は祥輝らに激しい拷問を行い張の居所を吐かせようとするが、実際に知らなかった為、教える事は出来なかった。
同年4月29日、祥輝、祥明、共犯者2人の死刑が執行された。
同年5月、張は全ての資金を使って黒竜江省チチハルへ逃走し、そこの市場で働き始めた。
同年6月、張は仕事で自身の情報を登録しなければならなかった為、偽のID番号や出身地、「智忠林」という偽名で登録した。
その後、張は果物市場、野菜卸売市場等で真面目に働き、同年10月、結婚もした。
逃亡から3年半以上経った2006年8月8日朝、チチハル市の警察官が、張に関する重要な手掛かりを入手し、張の住む部屋に向かった。
部屋に入ると張はベッドで横になっており、上半身裸でワインを飲んだばかりであった。
張はその場で逮捕された。
同年11月9日、張の裁判が始まると、裁判を傍聴しようと人が集まり、70の座席数に対して100人の市民が押し寄せた。
午後3時、死刑と政治的権利の剥奪、全資産の没収が言い渡された。
張は銀行強盗後、一切の事件を起こす事なく「悔い改めた」事を理由に上訴するが、死刑判決は支持された。
同年12月1日、張に対する死刑が執行された。
張らによる犠牲者は10人 (10人の内3人は後に死亡した) で、11人が負傷した。
また、張らが多くの強盗で獲得したお金は合計で330万元 (約5000万円) に及んだ。
この張らの犯行は中華人民共和国成立以降、爆発物を使用して銀行強盗を行った最初の事件であった。
《殺人数》
10人 (他11人負傷)
《犯行期間》
1990年4月27日~2003年1月18日
∽ 総評 ∽
張は主に瀋陽市で強盗の限りを尽くし、3年間逃亡を果たした。
兄や従兄弟と犯罪を繰り返すというまさに犯罪一家と呼べる犯行である。
ただ、主犯の張の情報はあるが、他の2人の情報や顔写真は見つからなかった。
他の2人は取るに足らないという事なのだろうか。
中国ではこれまで紹介してきた通り張のような強盗による犯行が非常に多い。
これも貧困層が多い故であるが、どんな政治や統治でも必ず貧富の差は出来てしまうので、強盗が無くなる事は決してないだろう。
犯罪は未然に防ぐというのは非常に難しい為、せめてこの中国政府のような厳罰はどの国も行って欲しいものである。
コメント
コメント一覧 (16)
酌量できない犯罪の場合は死刑もしくは終身刑を言い渡し、1週間以内に執行。
ある程度は遺族や被害者が事件に終止符を打てると思えるのですが
私もそう思います。
冤罪の可能性がないのならさっさと処刑すべきです。
判決の的確さと言い、執行の早さも世界中が見倣って欲しいですよ。
最初に捕まった凶悪クソムシ2匹、死刑判決から1ヶ月も経ず、執行されるのは秀逸過ぎます。
最後まで逃走し、あまつさえ偽名を使って就職、結婚までした凶悪クソムシ。
ナニが「悔い改めた」?、馬鹿でしょ、この害虫!
逃げて、偽名を使ってノウノウと生活していただけでしょう・・・・・・よくも、ホザけますよ。
ですが、流石に中国司法!一切、取り合わずに裁判初日に死刑判決、1ヶ月も経ずに執行。
これぞ、刑事事件のあるべき姿ですね!
政治的司法は、暗黒ですが・・・・・・
これぞ刑罰、と言えますね。
独裁国家の唯一良い所は犯罪にも厳格な所ですね。
最後は犯罪を行わず働いた事で「俺は更生した」とでも思ったのてしょう。
仮にその後一切の犯罪を止め真面目に働いたとしても過去の行いは消えません。
被害者や遺族からすれば更生なんて知った事ではないのです。
それにしてもこの男銀行強盗の後犯罪を行わなかった事を悔い改めたと主張するあたりふざけてますねほとぼりが冷めるまでは大人しく潜伏しとこうと思っていただけでしょうに。
日本も中国を見習って凶悪犯はバンバン死刑判決を出してバンバン執行するべきですね何故か海外を見習えって言いまくってる連中はこれだけは主張しませんが。
しかもこういった輩が非常に多いです。
真面目に働くようになって勝手に罪も許されたとでも思ったのでしょう。
本当に刑罰についてだけは中国を見習って欲しいですね。
大田区の3歳女児餓死事件で、保護責任者遺棄致死罪で逮捕された24歳の母親は、
ドアを塞いで娘を部屋に閉じ込めた上、8日間、鹿児島で男性と過ごしたそうです。
捜査で犯行が明るみになるに従い、Twitterでは極刑を望む声も当然見られますね。
近年は不景気の影響からか、若いシングルマザーによる事件が後を絶ちません。
計画もせずに出産するから、自覚も持てないのだと思います。
犯罪を不景気のせいにするのも考え物ですが、少子化と言う前に、
貧困でお腹を空かせている子供が、日本中に五万といます。
僕は貧しくとも心は豊かにというのは綺麗事だと思います。
貧しくて余裕がなければないほど、心も冷たくなり、子供に当たってしまうのです。
下村被告の基準なら懲役15年、後は検察が殺人罪で起訴するかどうかですが、
恐らくは保護責任者遺棄致死罪で懲役10年程度ではないでしょうか。
女性の場合、本当に典型的ですよね。
新しい男が出来たら夢中になり子供が鬱陶しくなり育児を放棄する。
シングルマザーが多くなるのは仕方ない事ですし、人口増加の為には子供を生んで欲しいですが子供を第一に考えて欲しいものです。
たわごとも聞かず、1か月以内に駆除しているのは晴れ晴れします。
以前掲載したメアリー先生が亡くなりましたね。
私もこのメアリー先生の記事は考えさせられました。
本人たちが幸せならとそれも悪くないかもと思いました。
流石は中国といった所ですね。
アメリカのみならず日本でも話題になりましたからね。
冤罪は多いですね。
だから死刑の印象が悪くなってしまうんですよ。
処刑された死刑囚はビリー・ジョー・ウォードローといい、老人を強盗目的で射殺し、2日後に逮捕されました。
殺害当時18歳であり、弁護士は子供だから云々と抜かしてたようです。
弁護士のたわごとも聞かず、コロナ禍でもしっかり処刑する米司法にはほれぼれしました。
掲載してほしいです。
今度調べてみます。
馬は友人と2人でカラオケパーティーに行こうとしていましたが、検問所に引っ掛かりました。
イライラしてた馬は2人を刺したそうです。
判決では素直に自首したのはいいが、極めて凶悪だということで死刑判決が言い渡されました。
掲載してほしいです。
なかなかの鬼畜ですね。
今度調べてみます。