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龍 治民 (ロン・ヂーミン 中国)
【 1940 ~ 1985 】



龍治民は、中国陝西省商洛市商州区楊峪河鎮で生まれた。

龍には妹がおり、6歳の時に母親を亡くした。

1人息子であった龍は甘やかされて育ち、学校では教師や生徒から見下され、クラスメートには何度もからかわれた。

文化大革命の間、龍は紅衛兵 (中華人民共和国の文化大革命時期に毛沢東によって動員された学生運動) に参加し、政府幹部を非難し日々の生活の不満をぶちまけた。

龍は賢く月明かりで勉強するほど当初は勉強熱心であったが、生活環境を考え勉学は無意味だと判断し、以降勉強を止めた。

龍は常に社会に不満を持ち、友人もおらず常に孤独であった。


1974年、龍は王墹村へ引っ越すが働こうとしなかった。

その為、龍は常に貧困に喘いだ。

龍は働いた事もあったが、年間400ポイントの基本的な仕事をこなさなければならない中、100ポイントにも満たなかった。


1977年冬、龍は痴呆症の高齢女性を騙して2階に閉じ込め、数日間に渡って何度も強姦した。

その後、女性は民兵によって発見され救助された。


1978年、龍は髄膜炎で下肢が麻痺した障害を持つ閻淑霞 (イェン・シュシャ) と結婚する。

結婚後、龍の人生は更に困難になった。


1983年3月から陝西省商県で仕事帰りや買い物に行った女性や男性が次々と行方不明となる。

こうして1985年5月までにわかっているだけでも37人が行方不明となっていた。


1985年5月16日、杜長英 (ドゥ・チャンイン 40代♀) が兄とスーパーに買い物に出掛けた。

その後、杜は兄と別れるが、家に戻る事はなく行方不明となる。

家族は家の周辺を中心に杜を探すが見つからなかった。


同年5月27日、杜の兄弟が従兄弟に杜が戻らない事を話すと、行方不明となる2日前に杜と歩いていた所、とある男性に話し掛けられたと述べた。

その男性はお金に困っており、無心の為に杜に話し掛けたのだが、あまりにしつこかった為微銭を与えていた。


翌日の28日、お金を無心した男性が龍だと判明する。

警察はすぐに龍を拘束し、警察署に連行した。

警察はこれまでの行方不明事件に龍が関係していると確信し、厳しく尋問を行った。

すると、龍は杜に20元 (約300円) 借りた事を述べた。


同年5月29日、龍の家を家宅捜索すると、室内はカーテンに覆われ薄暗くなっていた。

屋根裏部屋に続く木製の梯子には血痕と思われる紫色の斑点がいくつも見つかった。

下肢が麻痺した妻の閻は、捜査官に

「家には何もない」

と話したが、しばらくして

「家に何人かいたが気にしないで寝た。翌日その人達は姿を消していた

と話した。

捜査官が追及すると、閻は

「私は服を洗った。水は真っ赤になった」

と呟いた。

更に家を捜索すると、貯蔵庫で腐った2体の男性の遺体が見つかった。

男性の遺体は抱き合っているような姿をしていた。

遺体が見つかるとすぐに捜査を止め、公安職員によって現場は封鎖され、拘置所にいる龍に手錠をかけ逮捕するよう指示した。

また、事件が発生した村は武装した警官隊によって包囲され、村に続く全ての道の交差点に実弾で装備した武装警官隊が立った。

発見された遺体の1つは16歳の若者である事がわかり、更に肥料の入っていた袋から50歳くらいの遺体が見つかった。

警察犬を連れ龍の家を更に捜索したが、それ以上は何も見つからなかった。

妻の閻は他に遺体を埋めた場所を示した。

それは家からほとんど離れてない場所であり、数人の警官がシャベルで掘ると、深さ3mの場所に少なくとも8体から9体の遺体がコンパクトに折り曲げられ埋まっていた。

そのあまりの光景に捜査にあたった警官たちは怯え震えた。


結局、同年5月31日までに全部で48体 (男性31人、女性17人) の遺体が発見されたが、48人殺害して得られたのはわずか573元 (約1万円) であった。

龍の自宅からは15通もの通帳が見つかり、他に現金や宝飾品など、全部で1011もの証拠が見つかった。

龍は妻閻の協力の下、犠牲者に宿泊施設を無料で紹介すると言葉巧みに騙して誘惑し、自宅に招いて殺害して埋めた事がわかった。

専門家は龍は強盗目的で当初犯行を行っていたが、次第に殺人に喜びを感じていったと推測した。


同年8月30日、妻閻も逮捕され、同年9月20日、龍と閻は死刑が言い渡された。


同年9月27日、龍と閻の死刑が執行された。

龍は1949年に中華人民共和国が設立して以降、初めて確認された連続殺人犯とされている。


最後に殺人について語った龍の発言で終わりたいと思います。

「私は科学技術の関係者を殺す事はありません。国の幹部を殺す事もありません。会社の従業員や労働者を殺す事もありません。私はただ体が不自由な人々を殺すだけです」



《殺人数》
48人

《犯行期間》
1983年3月~1985年5月16日



∽ 総評 ∽

わずか2年足らずで実に48人もの男女を手にかけた龍。

妻閻が下肢不随の障害者であった事を利用し、相手を油断させ誘惑し殺害に至った。

中国ではこれまで多くのシリアルキラーを紹介してきたが、龍も48人殺害しているように犠牲者が飛び抜けて多い。

また、犯行はこの龍のように強盗目的という事も非常に多いのが特徴である。

龍は現在の中国が設立して以降、確認された初めてのシリアルキラーとされている。

もちろんもっと前から沢山存在したと思われるが、国柄なのか以前の情報はほとんどない。

龍は逮捕から死刑執行までわずか4ヶ月程度であり、こんな迅速な執行は世界広しといえど中国くらいである。

日本も見習って欲しいものである。