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アブダファット・ザマノフ (ロシア)
【 1973 ~      】



アブダファット・タシュプラトヴィッチ・ザマノフは、1973年4月7日、ロシア (旧ソ連) ・タジキスタンで生まれた。


ザマノフは1993年からクラスノヤルスクで生活を始めた。


2002年6月、ザマノフはクラスノヤルスクにある墓地で最初の殺人を犯した。

犯行にはナイフを使用した。

その後、クラスノヤルスク市内で殺人を繰り返した。


2004年夏、ザマノフは1日で6人を殺害した。

目撃者はアジア人のような顔立ちであったと証言し、似顔絵作成に貢献した。


同年11月、マンスキー地区の村で、ザマノフは5人の女性を殺害した。

ザマノフは5つ全ての犯行で貴重品や宝飾品を盗んだ。


ザマノフは当時のパートナーの女性に殺人について話しており、同年12月9日、その女性の密告によりザマノフは逮捕された。

逮捕の際、ザマノフは激しく抵抗した。

ザマノフは2002年6月から2004年11月の間に14人 (男性9人女性5人) の殺人を告白した。

ザマノフの犯行は予測不能と極度の残酷さにより約2年間、クラスノヤルスクを恐怖のどん底に陥れていた。

ザマノフは凶器に石やナイフ、犠牲者の衣服を使用したが、全て現場で調達した物で事前に用意していたものではなかった。

また、殺人についても計画性は全くなく、性別もバラバラで標的もランダムに選んで犯行に及んだ。

殺すまで拷問を行い、その際笑いながら行ったと述べた。

動機だが恨みや怒り、そして、犠牲者に対する不合理な憎しみだと話した。

ザマノフは犠牲者の数人を強姦していたが、それは殺人の動機ではなく、あくまで動機は殺人だと述べた。

調査を進めると、ザマノフには12歳と16歳、2人の姉妹を強姦していた事も判明した。

裁判でのザマノフは後悔や反省は一切みせず、罪悪感についても全くなかった。

また、裁判では暴言や罵倒を繰り返し、常に周囲を挑発した。


2006年、ザマノフには懲役25年が言い渡された。


しかし、判決に納得いかない犠牲者の遺族たちが判決を不服として検察庁に上訴し、2008年、ザマノフは終身刑を言い渡され、植民地での奉仕を命じられた。



《殺人数》
14人

《犯行期間》
2002年6月~2004年11月



∽ 総評 ∽

『The Krasnoyarsk Chikatilo (クラスノヤルスクのチカチーロ) 』と呼ばれ、ザマノフは約2年半で実に14人を殺害した。

ザマノフの動機は恨みや怒り、不合理な憎しみだとされるが、一体それらを何に対してそう感じていたのかわからない。

また、いつからそういう思考になったのかもわからない。

恨みや怒りとほざいているが、おそらくただの物盗りの犯行だと思われる。

ザマノフはタジキスタンで生まれたという情報以外、殺人までの生活について詳細がなくわからない。

その為、何故これ程の犯行に至ったのかわからない。

近年の殺人鬼にしてはわからない事ばかりだが、鬼畜という事に何ら変わりはない。