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ヴィッキー・ジャクソン (アメリカ)
【 1966 ~      】



ヴィッキー・ドーン・ジャクソンは、1966年2月13日、アメリカ・インディアナ州で生まれた。

ジャクソンは2人兄弟の2番目で、幼い頃から喘息に苦しんだ。

一家は間もなくテキサス州ノコナへ引っ越し、そこで父親は整備士、母親は老人ホームで料理人として働いた。

ジャクソンはリロイ・カーソンと出会い、交際するがカーソンはそれほどジャクソンには本気ではなかった。


しかし、1984年に妊娠が発覚すると結婚する事となった。

その後、ジャクソンは息子と娘 (ジェニファー) が生まれたが、育児の合間に夜、看護学校に通い始めた。

通い始めた理由についてはジャクソンは何も語らなかった。

やがてジャクソンは看護師の資格を取得し、いくつかの病院や養護施設で働くようになった。

だが、次第にジャクソンは仕事に疲れ辞めたいと話すようになり、それと同時に家では夫や子供に対して怒鳴ったり叩いたりするようになる。

ある日、勤務先の患者が亡くなった為、泣いて帰って来た事があったが、ジャクソンは仕事について家族にほとんど話す事はなかった。


1996年、ジャクソンとカーソンの12年間に及ぶ結婚生活が終わりを迎える。


その後、2度結婚し、3度目はカーク・ジャクソンと結婚し、子供の親権も獲得するが、カークが子供たちを虐待した。

子供達は元夫のもとへ戻り、ジャクソンは2人の子供の親権争いに敗れ、しかも、親しい近親者が亡くなる。

また、この時、ジャクソンは妊娠していたが、親権争いで破れたショックで流産してしまう。

これら不幸な事が続いたジャクソンの精神状態は悪化していき、精神科医は双極性障害と診断した。

精神科医がジャクソンを診察している時、

「私はあなたを殺して逃げる事が出来る」

と話していた。


2000年12月末から翌2001年にかけてノコナ総合病院で患者22人が相次いで死亡する。

病院にはベッドが45床しかなく、死亡した患者は重病患者ではなかった。

ほとんどが軽度の病気、足の痛み、下痢、認知症等であり、とてもすぐ亡くなるようなものではなかった。


同年1月30日、病院の職員がクラッシュカート (救急医療に使用する道具や薬を閉まっている持ち運び可能な棚) から塩化ミバクリウム (筋弛緩薬) が持ち出されている事に気付く。


同年2月8日、病院の薬剤師が薬剤が盗難または紛失したと州に報告し、これを受け、捜査が始まる。


同年6月、ノコナ病院で亡くなった10人の遺体を掘り起こし調べると、全員から塩化ミバクリウムが検出された。

そして、10人の患者が亡くなった際、唯一ジャクソンだけが全ての日に出勤していた事がわかった。

更に調査を進めると、薬の痕跡と注射器がジャクソンのごみ箱から見つかった。


2002年7月、ジャクソンは10人の患者殺害で逮捕され起訴された。

裁判でジャクソンは一切争う姿勢を見せず、その様子に検察官は驚いた。


2006年10月5日、ジャクソンには終身刑が言い渡された。



《殺人数》
10人 (22人の可能性あり)

《犯行期間》
2000年12月~2001年



∽ 総評 ∽

ジャクソンの犯行は典型的な『Angel of Death (死の天使) 』と呼べる事件であった。

数ヶ月で少なくとも10人が殺害され、22人の可能性もあった。

こういった ″死の天使″ による犯行はこれまでいくつも紹介してきた。

動機は様々だがこのジャクソンについて当局は動機を発表していない。

発表していないというかわからないというのが正直な所だろう。

個人的には裁判で争っていない事を考えると、親権を奪われた事や近親者が死んだ事などから自暴自棄になっての犯行だと思われる。