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ユハニ・アータミンポイカ (フィンランド)
【 1826 ~ 1854 



ユハニ・アータミンポイカは、1826年7月31日、フィンランド・ヴェシベフマで生まれた。

15歳の時に家を出ると、それから犯罪人生を送る事となった。


1849年10月、ハメーンリンナ刑務所からハウホへ移送されるが、そこで馬を盗み刑務所から逃げ出した。

そして、すぐに殺人を犯して捕まり起訴された。

しかし再び逃走し、ラミでグスタフ・クラチュラという共犯者とバーのホステスと愛人を殺害した。

そして、ヘイノラの自宅に戻りそこで両親を殺害した。

その後、森へ逃げるとサイマー運河に向かい、その途中で数人を殺害した。


同年11月、ラミに戻ると友人のアンティ・スイコとハッテルマラの狩猟小屋に行った。

そこで家を散々荒らし、金品を盗み数人を攻撃した (女性は怪我で死亡した) 。


同年11月20日、アータミンポイカはラミとパダスヨキの境で逮捕される。

アータミンポイカはこれまで12人を殺害した事を告白した。

裁判でアータミンポイカには死刑を言い渡されるが、後に終身刑に減刑された。


1853年1月、スオメンリンナに移送され、1854年9月、刑務所で死亡した。

享年28歳。

アータミンポイカはフィンランドの歴史上最初の連続殺人犯といわれている。

しばらくその存在を忘れさられていたアータミンポイカだが、2000年代に研究者の関心を集める事となった。

2017年秋にはその生涯を綴った映画が公開されている。



《殺人数》
12人 (他犯罪多数)

《犯行期間》
1849年10月~同年11月



∽ 総評 ∽

『Kerpeikkari (執行者)』と呼ばれ、1ヶ月足らずで12人を殺害したアータミンポイカ。

アータミンポイカはフィンランドにおける初めてのシリアルキラーとされている (あくまで存在が確認されている者) 。

今から150年以上前の事件であり、詳細も少ないが、時代が時代なのかかなり早熟な殺人鬼である。

アータミンポイカは何故か死刑から終身刑となり、数年後、死亡した。

死亡した時28歳という若さであり、病死か殺されたのか自殺なのか詳細がないのでわからない。

ただ、時代を考えれば普通に病死もありえるだろう (結核やコレラ等) 。