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マイケル・バルゴ (アメリカ)
【 1992 ~      】



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アンバー・ライト (アメリカ)
【 1996 ~      】



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カイル・フーパー (アメリカ)
【 1994 ~      】



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チャーリー・イーリー (アメリカ)
【 1992 ~      】



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ジャスティン・ソト (アメリカ)
【 1991 ~      】



シース・タイラー・ジャクソンと友人アンバー・ライトは、互いに好意を抱いていた。

2011年3月、ジャクソンとライトはお互い15歳になると交際を始める。

ジャクソンはライトとの幸せな様子をフェイスブックに掲載していた。

だが、数週間後、2人は別れてしまう。

ライトはジャクソンの不誠実さ (ライト曰く) を嫌い別れたのだが、ジャクソンはライトとは別れたくはなく、強い未練が残っていた。

しかし、ライトはジャクソンと別れてすぐ、マイケル・ショーン・バルゴと付き合い始める。

その事実をジャクソンは受け入れる事が出来ず、バルゴとインターネット上で言い争いを繰り返し、それは数週間に及んだ。

ジャクソンはフェイスブックでライトがメタンフェタミンを常用していると非難し、その事にバルゴは強い怒りを抱いた。

そして、バルゴはジャクソンを殺す事に決め、その機会を窺った。


2011年4月17日、ライトはチャーリー・ケイ・イーリーと協力し、ジャクソンにメッセージを送る。

メッセージは「やり直したい」というもので、家で会って話をしようと書き込んだ。

その事に喜んだジャクソンはイーリーの家に向かい、リビングのソファに座るとライトの異母兄弟カイル・フーパーとジャスティン・ソトに木製の棒 (のような物) で頭を殴られる。

その後、銃を持ったバルゴが現れ、ジャクソンに向かって発砲した。

銃撃はジャクソンに命中するが致命傷とはならず、恐怖を覚えたジャクソンは逃げようとする。

走り出したジャクソンにバルゴは何発か発砲し、ソトに押さえられる。

その後、ジャクソンをバスルームへ連れ込むと、よってたかって暴行を加えた。

そして、ソトとフーパーはジャクソンをバスタブに投げ込むが、まだ生きている事がわかると、バルゴが更に発砲した。

膝を骨折していたバルゴをバスタブから出すと、体を縛り寝袋に詰めた。

そして、中庭に引き摺り出し、掘った穴に投げ捨て火を付けて燃やして殺害した。

そこにライトとその継父ジェームズ・ヘイブンが到着し、犯行現場の掃除と遺体の処理を手伝った。

ジャクソンの遺体をペンキの缶に入れ、近くの採石場に運び遺体を水の張った池に捨てた。


翌日、ジャクソンの両親が失踪したとして警察に通報した。


同年4月19日、警察がジャクソンの殺人を目撃したとフーパーの母親から連絡を受ける。


翌日の20日、採石場からジャクソンの遺体が回収され、そして、バルゴら6人 (継父ヘイブンも含む) が逮捕された。

捜査を担当したマリオン郡の保安官であるデイビッド・スペリングは、
「それは突発的な犯罪ではなく、思慮深く組織化された若者による凄惨な殺人である」
と述べた。


2013年8月、フーパー、イーリー、ソト全員が有罪判決を受け、終身刑が言い渡された (処理を手伝った継父のヘイブンも有罪判決となっている) 。

イーリーはバルゴに脅されて犯行に及んだと主張したが、それは認められなかった。

また、イーリーはメンバーの中で最初に判決を言い渡されたが、その際涙を流した。

その涙を見たジャクソンの母親ソニアは、
「あなたが流した涙に同情はありません」
と言い捨てた。

ライトは逮捕時に権利 (黙秘権があり弁護士をつける権利がある等) について警察が正しく読み上げなかった為、一旦釈放された。

だが、後に終身刑を言い渡された。


同年12月、バルゴは唯一死刑判決を受けるが、陪審員全員の意見が一致しなかった為、フロリダ州最高裁判所によって差し戻しとなった。


2019年4月11日、マリオン郡の陪審員が満場一致でバルゴの死刑判決を支持した。

余談だが、バルゴが死刑判決を下された時、当時、フロリダ州にいた404人の死刑囚の中で最年少であった。



《殺人数》
1人

《犯行期間》
2011年4月17日



∽ 総評 ∽

わずか15歳の少年によってたかって暴行を加えて殺害したバルゴら5人。

若者のこういった痴情のもつれによる集団の犯行はこれまでいくつも紹介してきた通りよくある犯行ではある。

だが、今回の場合は元々交際していた少女と別れた元彼が、別れたくないからか今彼と言い争った事で起こっており珍しいケースといえる。

イーリーはバルゴに脅されていた為仕方なく犯行に加わったと述べたが、よくある鬼畜の言い訳だろう。

ライトは当時「most dangerous 15 year old (最も危険な15歳) 」と呼ばれており、その異常性は近隣に知れ渡っていた。

そんなライトとバルゴはお似合いといえるが、殺害されたジャクソンがどのような少年だったかよくわからない。

5人に対する刑罰は、1人が死刑で残りが終身刑であった。

犯行時、20歳だったのはわずか1人で残り4人は未成年であった (15歳、16歳、18歳、18歳) 。

これが日本で起きたとしたら、当然誰も死刑になってないし、無期懲役も絶対にない。

日本は不思議と人数が多いと量刑も分散され軽くなる傾向にある。

日本も少しは見習って欲しいと思う。



* 追伸 *

約1週間に渡って未成年による凄惨な事件の数々を紹介しました。
ほとんどがアメリカだった為、それなりに厳罰に処されましたが、これがヨーロッパや南米なら軽い判決ばかりでモヤモヤしたと思います。
そして、この記事が今年最後となりました。
今年はブログを始めて節目の5年を迎え、記念の年となりました。
皆さん良い年をお迎え下さい。
来年もよろしくお願い致します。