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ドミンゴ・サラザール (フィリピン)
【 1914 ~ ? 】



ドミンゴ ″ダルケス″ サラザールは、フィリピン・ザンボアンガの原住民モロ族出身であった。

サラザールは内縁の妻マキシマ・パチョと暮らしていた。

だが、パチョはサラザールの妹の夫フォルトナト・ネアーズと不倫関係にあり、それをサラザールも知っていた。

その後、パチョが妊娠すると、サラザールはその子供は自分の子供ではなくネアーズの子供だと疑う。


1956年10月11日、パラワン州ロハスで、サラザールはパチョと一緒に家の修理の為にニパ (植物) を集めるよう頼んだ。

すると、義理の妹ロマーナ・パチョが到着し、ロマーナはパチョを自身の家へ連れて行き、パレー (米) を食べた。

しかし、パチョはサラザールの食事の参加を拒否した。

怒りが頂点に達したサラザールは、槍とボロ・ナイフ (マチェーテに似たフィリピンを起源とする大きな切削道具) で武装すると、初めにロマーナ (34歳) を刺して殺害し、妊娠中の妻パチョ (37歳) とネアーズの息子 (5歳) を殺害する。

その後、サラザールは4軒の民家に侵入し、家にいた全ての人間を殺害した。

そして、学校に侵入し、そこでマヌエル・アディオン (♂) を槍で刺した。

アディオンは重傷を負ったが逃げる事が出来た。

次にサラザールはパブロ・パズ (♂) とセヴェリーノ・アディオン (♂) の2人の男性を追い掛け、2人に向かって槍を投げつけたが槍は当たらず、2人は校舎へと逃げた。

異変に気付いた教師が校舎のドアと窓をロックしバリケードを張った為、サラザールは校内に侵入する事が出来なかった。

サラザールは殺してくれるよう頼んだが誰も従わず、結局、2人の武装警備員と現場に到着した警察官に説得され降伏した。

犠牲者は妻のパチョ、パチョの妹ロマーナ、ネアーズの息子の他に、アルバーナ・アビケ (50歳♀) 、フェリサ・アディオン (37歳♀) 、フェロミナ・バーコ (48歳♀) 、サロメ・バーコ (23歳♀) 、レオニラ・ラヴァン (25歳♀) 、マヌエル・ラヴァン (39歳♀) 、ヘンリー・パカルド (5歳♂) 、バウデリオ・パチョ (18歳♂) 、アウレリア・パス (7歳♀) 、ハーミニア・パス (6ヶ月♀) 、リリア・パス (5歳♀) 、ネニータ・ソーサ (5歳♀) 、ロリータ・ヤエン (17歳♀) の全部で16人であった。


同年10月24日、サラザールの精神状態についてプエルト・プリンセラ病院で検査が行われ、正常で健全だと宣言された。

サラザールは16人分それぞれ死刑となり、また、別に複数年の懲役刑と被害者への賠償金を命じられた。


1959年6月30日、サラザールの控訴は棄却され判決は支持された。



《殺人数》
16人 (他負傷者数人)

《犯行期間》
1956年10月11日



∽ 総評 ∽

妻の不倫と蔑ろにされた事への恨みで暴走に至ったサラザール。

サラザールは妻が妹の夫と不倫し、その子供を妊娠したと思い、それが凶行の引き金となった。

実際不倫していたのかもしれないが、妊娠した子供が不倫相手の子供かどうかはわからない。

サラザールは死刑判決を受けたが、執行されたという記述がない。

1959年に控訴が棄却されているので、以降、いつ執行されてもおかしくないが何故か記載がなかった。

仮に死刑を執行されていなかったとしても、もし生きているとしたら105歳なので、流石に死んでいると思う。