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フランシス・カンピオーネ (カナダ)
【 1975 ~      】



フランシス・エレイン・カンピオーネは、カナダ・ニューブランズウィック州ガスペロー・フォークスで生まれた。

カンピオーネの子供時代は特に変わった所はなく、普通の子供であった。

20歳の時に仕事の都合でオンタリオ州へ移住した。

そこで、いくつかの仕事をこなしたが、その1つが乳母であった。


2000年、レオ・カンピオーネと出会い結婚する。

その後、2003年にセレナ、2005年にソフィアを生んだが、後に離婚しレオは家を出て行った。


2006年10月2日、カンピオーネはレオ宛のビデオを撮影すると、セレナ (3歳) とソフィア (19ヶ月) を水に浸した浴槽に沈めて溺死させた。

殺害後、カンピオーネはシャワーを浴び、髪を櫛でとかして乾かした。

そして、パジャマを着てイヤリングやネックレスなど宝石を身に付けると、ベッドをぬいぐるみで囲った。

その後、ベッドに横になりロザリオのビーズで両手を巻き付けると自殺を試みた。

だが、自殺は致命傷に至らなかった。

2日後の4日、カンピオーネは落ち着いて警察に連絡し、子供を殺した事を話した。

警察官が駆けつけると、カンピオーネの横でセレナとソフィアがパジャマを着て手を繋いで横たわっているのを確認した。

警察官はすでに部屋に異臭が漂っているのを感じ、カンピオーネを逮捕した。

殺害動機だが、元夫への復讐と親権を奪われる事を恐れての犯行であった。

実際、犯行の数日後に家庭裁判所で親権についての聴聞会が行われる予定であった。

元夫レオによると、離婚調停の際にカンピオーネに

「2度と子供を見る事はない」

と言われたと話した。

また、カンピオーネは事件を起こす前にいくつかの精神的問題を抱えており、精神病棟で数時間過ごし、その時に自殺を試みていた事がわかった。

カンピオーネは子供達を殺そうという妄想に取り憑かれていたと報告された。

カンピオーネは2つの殺人罪で起訴されたが、精神状態が問題となり、精神鑑定が行われる事となった。

結局、裁判が行われるのは4年後であった。

弁護側はカンピオーネが精神疾患だと主張し、検察もその事には同意はしたが、責任能力はあると述べた。

弁護側は精神障害によりカンピオーネが道徳的に正しいか間違っているか理解する事が出来なかったと主張した。

だが、検察はカンピオーネが病気にも拘わらず、自分が何をしていたのか認識し、間違っている事を知っていたと主張した。

元夫がおそらく親権を得る事を理解し、それを防ぐ為に冷酷な犯行に及んだと述べた。

裁判は7週間続き、陪審員は3日間休憩をとった。


2010年11月15日、2つの殺人罪で有罪判決となり、最低25年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。

判決を言い渡されたカンピオーネは全身を震わせ、その場に泣き崩れた。

判決が言い渡される場に元夫レオはいなかったが、その後、母親が頭を水中に押さえて苦しむ2人の娘の事を想像すると残りの人生苦しみ続けるだろうとインタビューで述べている。


カンピオーネは控訴するが、2015年に棄却された。


2019年9月、仮釈放委員会はカンピオーネが犯罪を真に反省しているとして、2020年5月に教会や精神保険リハビリテーションプログラムへの参加を目的とした護衛付きの一時的仮釈放を認めた。



《殺人数》
2人

《犯行期間》
2006年10月2日



∽ 総評 ∽

元夫への復讐と親権を奪われる危機感から実の娘を殺害したカンピオーネ。

親の身勝手による許されない犯行だが、動機がいまいちわからない。

親権が取られるのならいっその事、と思ったのかもしれないが、元夫への復讐も動機とされている。

元夫が復讐されるような事をした様子 (の詳細) がなく、何を恨んでいたのかよくわからないが、伝わってないだけで夫婦だけしかわからない原因があったのかもしれない。

カンピオーネは2010年に最低25年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡されたが、今年の5月に仮釈放される予定である。

最低25年というのがどうなったのか聞いてみたいが、それよりもこんな精神破綻者がもうじき外に出る事に恐ろしさを感じずにはいられない。