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リッキー・グリーン (アメリカ)
【 1960 ~ 1997 】



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シャロン・ドラー (アメリカ)
【 ? ~      】



リッキー・リー・グリーンは、1960年12月27日、アメリカ・テキサス州タラント郡で生まれた。

グリーンは父親ビルと祖父から長年虐待を受けて育った。

グリーン6歳の時、BBガンを持ったビルが座っていたグリーンに走るよう指示し、10カウントを始めた。

グリーンは急いでその場を走って離れるが、ビルに追い付かれBBガンで撃たれ殴られた。

グリーンはそれを何度もやらされ、その度に撃たれ殴られた。

ビルは
「お前は俺より早く走る事を学んだ方がいいな」
と言われ、これがグリーンがビルから教わった唯一の言葉であった。

この虐待はほんの一例に過ぎず、暴行はもちろん言葉での暴力、性的虐待も受けた。

また、祖父は少年好きの大家にグリーンを送り、グリーンは大家に強姦された。

このようにグリーンは凄惨な虐待を受けて育った。


1984年2月18日、23歳の時にメアリー・フランシスと結婚するが、関係は性行為のみという冷めたものだった。

ただ、虐待による悲惨な家庭で育ったグリーンにとってフランシスとの新婚生活は家族らしい生活であった。

しかし、グリーンはフランシスが他の男性と不倫していると思い込み、現実逃避の為に酒に溺れる。

その為、結婚生活は2ヶ月で悪化を辿り、ある夜、フランシスが仕事から戻るとグリーンはリビングでひどく飲んでいた。

グリーンはナイフをフランシスに突きつけると、強姦した。

フランシスは家を出て行き、2度と戻って来る事はなかった。

数週間後、グリーンはシャロン・ドラーと出会い、酒を飲むと行為に及んだ。

グリーンがシャロンと出会って3日後、2人は一緒に住む事となった。

ある夜、シャロンは血の味に憧れ、グリーンの陰茎を針で刺してそれを嘗めた。

当初、グリーンは痛みで苦しんだが、シャロンに嘗められている内に痛みが和らいだ。

グリーンはシャロンが血に喜びを感じる事を知った。

グリーンはシャロンと出会う前にジェフリー・デイビス (16歳♂) という少年と出会っていた。


1985年4月、シャロンが出掛けていない時、グリーンはデイビスと会う事になり、車で出掛けた。

途中、グリーンがトイレに行き、車に戻ると助手席でデイビスが自慰行為を行っていた。

デイビスはグリーンに「触りたいか?」と尋ねると、グリーンは激怒し、デイビスを殴ると車を走らせた。

そして、人里離れた場所へ移動するとデイビスを車から引きずり降ろし、ナイフで滅多刺しにして殺害した。

その後、陰茎と首を切断し近くの湖に捨て、遺体はフォートワースの人里離れた湿地に遺棄した。


同年9月20日、グリーンとシャロンは結婚したが、2人は結婚祝いと性的快楽の為の次の犠牲者を物色する。


同年10月、グリーンはフォートワースでヒッチハイクしているダンサーのベティ・ジョー・モンロー (28歳♀) を車に乗せる。

グリーンはモンローにシャワーを浴びたいか尋ね、モンローが浴びたいといった為、家に連れ込んだ。

モンローがシャワーを浴びた後、性行為に及んだが、妻を職場に迎えに行く時間だとモンローに告げ、車に乗せるとシャロンを迎えに行った。

シャロンは車にモンローが乗っている事に驚き、家に戻ると3人で性行為をしようという事になる。

だが、シャロンが裸で現れると、モンローは心を変え帰ると言い始めた。

その事に怒ったグリーンとシャロンはモンローをベッドに縛り付けると、蹴って罵声を浴びせた。

シャロンはナイフを台所に取りに行くと、躊躇もなくモンローにナイフを押し込んだ。

グリーンはポケットナイフを取りに寝室に行き、戻って来るとモンローが立ち上がろうとしていたので何度も刺し、最後はハンマーで頭を3、4回叩いて殺害した。

モンローの死体周辺の床は血の海となり、また、血が壁の至るところに広がっていた。

すると、グリーンはシャロンの胸を愛撫し、シャロンはその気になりモンローの遺体の傍で血まみれになりながら興奮した2人はこれまでにない激しい性行為に及んだ。

その後、部屋を掃除しモンローの死体を車のトランクに入れ、人里離れた場所に運んで捨てた。


同年11月、グリーンはフォートワースのクラブでサンドラ・ベイリー (27歳♀) と知り合うと、家に連れ帰った。

グリーンとシャロンはベイリーを縛り、モンローと同じ事を実行しようと考え、拷問の末ベイリーを殺害した。

その後、再び死体の傍で行為に及ぶがモンローの時程興奮しなかった。

ベイリーの遺体はモンロー同様に処分した。


1986年9月、グリーンは同性愛者が頻繁に訪れる駐車場でスティーブン・フェファーマン (28歳♂) と出会う。

グリーンはフェファーマンの家に行くと、リビングでフェファーマンがグリーンに迫って来た。

グリーンはフェファーマンにシャワーを浴びるよう促した。

その後、寝室に行くとグリーンはフェファーマンを縛った。

そして、ナイフを取り出すと、グリーンは同性愛者が嫌いだと告げ、ナイフで何度も刺した。

しかし、フェファーマンがまだ生きていた為、台所で包丁を持って来ると喉を刺して再び同性愛者が嫌いだと繰り返した。

その後、胸骨から陰嚢までを切り裂いた。

だが、それでもまだフェファーマンは生きていた為、陰茎を切断した。

フェファーマンはうめき声を上げていたが、それを不快に感じたグリーンは切り取った陰茎を口の中に押し込み最後はお金を奪って逃走した。

グリーンは家に戻るとシャロンに今してきた事を話した。

動揺するグリーンにシャロンは大丈夫だと言ったが、2人の関係は悪化し始める。

大量に薬物を使用するようになり、数年後、シャロンは家を出て行った。

シャロンが家を出て行った後のグリーンについてはほとんどわかっておらず、ある夜、家を警察に包囲され逮捕された。

実は逮捕されたのはシャロンの通報によるものだった。


1989年、グリーンはフェファーマン殺害で起訴された。


1990年、グリーンは死刑が言い渡された。

元妻のシャロンもモンローとベイリー殺害に大いに関与したとして起訴されたが、シャロンはグリーンに強制されたと主張し、また、グリーンの犯行供述について協力したとして10年間の保護観察処分となった。


1991年11月、シャロンは「オプラ・ウィンフリー・ショー」というトーク番組に出演し、事件の詳細を語っている。


1997年10月8日、致死量の注射による死刑が執行された。

享年36歳。

グリーンによる犠牲者はわかっているだけでは4人だが、同じ時期にテキサス州北部で発生した8件の未解決殺人事件の犯人ではないかとされている。



《殺人数》
4人 (12人の可能性あり)

《犯行期間》
1985年4月~1986年9月



∽ 総評 ∽

4人の女性や男性を殺害したグリーン。

グリーンは詳しい内容はわからないが、凄惨な虐待を受け、それは本人曰く「およそ人間とは思えない」ものだった。

この虐待がグリーンの精神を破綻させたのは間違いない。

ただ、個人的に気に入らないのは元妻のシャロンがたった保護観察処分という所だ。

確かにグリーンの犯行をさらけ出した功績は大きいが、自身は犯罪への加担はあくまでグリーンに強制されたものだと主張した。

犯行の詳細を見る限り積極的に参加しているのは誰の目にも明らかであり、グリーンと同等の罪にすべきだ。

女性の場合、「男性に強制された」と主張すれば同情と「女性がこんな犯罪を犯すわけがない」と思われそういった主張が受けいられる事が多々ある。

確かに実際にそのような事はあるが、しっかりと調査した上で判断を下して欲しいものである。