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ミカル・マフディ (アメリカ)
【 1983 ~      】



ミカル・ディーン・マフディは、アメリカ・バージニア州リッチモンドで生まれた。

マフディの家庭環境は劣悪で、母親と祖母が日常的に父親に精神的・肉体的に虐待されるのを見ていた。

生活に耐えられなくなった母親はマフディを見捨てて家出し、マフディは父親に洗脳されて育った (と本人が後に語っている)

そんな家庭で育ったマフディは9歳の時に鬱病と自殺念慮に苦しんだ。


1998年、暴行の罪で逮捕されたマフディは、最初少年刑務所に収監されるが、後にバージニア州で最悪の刑務所に収監された。

ここでマフディは看守によって暴行を受け、その看守が他の囚人にも暴行を加えているのを目撃する。

その事を恨んでいたマフディは、死ぬ前に警察官や看守を殺そうと誓った。


2004年5月、マフディは釈放された。


同年7月15日、マフディはノースカロライナ州ウィンストン・セーラムにある駅に向かうと、ビールの店に入った。

そして、カウンターの後ろにいた店員のクリストファー・ジェイソン・ボックス (29歳♂) に話し掛けると、銃を抜きボックスの頭を2回撃った。

その後、カウンターに手を伸ばし、物を盗もうとした時にまだボックスが生きているのがわかり、首を撃って息の根を止めた。

マフディはサウスカロライナ州へ逃亡する。


3日後の18日、サウスカロライナ州コロンビアで車とクレジットカードを盗んだ。

カルフーン郡を車で適当に走らせると、ジェームズ・マイヤーズ (56歳♂) の農場に辿り着く。

マフディはマイヤーズを9発撃って射殺した。

殺害後、死体を燃やして逃走した。

マイヤーズを殺害した後、マフディはガソリンスタンドへ寄り、盗んだクレジットカードを使用したが失敗してしまう。

マフディは車を捨て森林地帯へ走って逃げた。


同年7月21日、マフディはフロリダ州サテライトビーチで警察官に追跡され、ライフルで発砲した。

そして、マフディは銃を捨てて走って逃走するが、20分後、逮捕された。

検察官は、
「ミカル・マフディはこれまで25年の間に起訴してきた中で最も危険で暴力的な人物です」
と述べた。

マフディを診察した精神科医は「重度の精神病を患っている」と診断した。


2006年6月15日、マフディは第一級殺人で有罪判決となり、死刑が言い渡された。


2009年12月2日、マフディは囚人仲間のクインシー・アレン (以前掲載) と協力し、看守ネイサン・サッサーを刺した。

サッサーは病院に運ばれ、一命を取り留めている。



《殺人数》
2人 (他犯罪多数)

《犯行期間》
2004年7月15日、同年7月18日



∽ 総評 ∽

マフディは横暴な父親に母親や祖母が虐待されている中育ち、母親に見捨てられた。

その影響からかマフディはわずか9歳にして鬱病と自殺念慮に苦しんだ。

そのまま自殺してくれれば1番良かったのだが。

マフディは少年の頃に刑務所に収監され、そこで看守に暴行された事を恨み忘れなかった。

死刑になった後、囚人仲間と看守を襲って刺した。

恨みを晴らした結果になったが、自分を暴行した看守に復讐するならまだしも、全く関係ない看守に暴行している時点で何の同情の余地もない。