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エデュアード・シェミコフ (ロシア)
【 1973 ~      】



エデュアード・ヴァシリエヴィッチ・シェミコフは、1973年 (1975年とも) 9月30日、ウクライナ・ジトームィル州 (この時はソ連) で生まれた。

学校を卒業後、軍に入隊し、クフシンスカ・サルマで国境部隊を務めた。

この時、シェミコフは高官にいじめを受ける。

サンクトペテルブルクに移動すると、警備員として働いた。

両親と一緒に生活を始めたシェミコフは、コンピューター機器を扱う事が好きだった。

しかし、この頃からシェミコフは頻繁に頭痛に悩まされる。

また、女性との交際も上手くいかず、精神的に追い込まれていく。

そして、映画『The Dawns Here Are Quiet (1972年上映のロシアの女性兵士に焦点を当てたソビエト戦争ドラマ) 』を観たシェミコフは女性を殺す事に決める。

シェミコフは1996年からサンクトペテルブルク市内及び郊外で殺人を始めた。

1998年、逮捕されたシェミコフはこれまで10人殺害した事が判明した。

最初の犯行は通りすがりの通行人に驚き止め、2件目は自発的に被害者を解放していた。

その為、被害者から犯人の情報が警察に伝わった。

最年少の犠牲者は11歳で、犠牲者を必ず強姦し、2人はバラバラにして首を切断され、残酷に殺害した。

シェミコフは妹のボーイフレンドを殺害した後、逮捕された。

シェミコフの母親が冷蔵庫に半分食べられた人間の肉を見つけた。

驚いた母親は警察に電話し、シェミコフは戻って来た所を逮捕されたのだった。

警察はアパートでシェミコフを待ち伏せしていたが、隣人から警察の事を告げられても逃げようとせず、そのまま逮捕されたのだった。

専門家はシェミコフを妄想型統合失調症と診断した。

シェミコフは、

「『多くの人を殺せ』と命じられた」

と話した。

シェミコフは精神異常と診断され、裁判で強制的な治療を命じられた。



《殺人数》
10人

《犯行期間》
1996年~1998年



∽ 総評 ∽

『The Resort Maniac (リゾートの狂人) 』と呼ばれ、10人を強姦して殺害したシェミコフ。

シェミコフは映画を観て殺人を犯そうと考え、映画を観てないので詳しい事はわからないが、その映画はアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるくらいの映画である。

おそらく殺人を助長するような内容ではなく、この時点でシェミコフの精神状態はすでに破綻していたといえる。

シェミコフは犯行の様子の詳細がなく、11歳の犠牲者が最年少という事と、最後は妹のボーイフレンドを殺害したという事くらいしかわからない。

シェミコフは裁判で治療を命じられたが、現在の詳細もよくわからない。

すでに20年以上経っており、完治はしないのでまだ治療を受けているのか刑務所にいるのか不明である。