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ライナー・シュトルム (ドイツ)
【 1950 ~ 2003 】



ライナー・シュトルムの両親は、シュトルムが15歳の時に離婚した。

シュトルムはドイツ・ブレーメンのヨットスクールに通った後、数年間、船乗りとなった。

その後、レーパーバーン (ハンブルクのザンクトパウリ地区にある歓楽街) やザンクトパウリでポン引きとなった。


1974年、シュトルムはエッシャースハイムで銀行強盗に関与したとして逮捕され、懲役3年が言い渡された。

シュトルムはプロインゲスハイム刑務所に収監されるが、そこで凶悪犯のハインツ・オットー・バーテルと出会い、尊敬し称賛した。

その後、釈放されたシュトルムは婚約者や親友と別れ、仕事もせずに1人で生活を始める。

その為、シュトルムは何十万という借金を抱え、自殺をしようと考える。


1977年7月19日、シュトルムはヴッパータールにあるアパートで、元ガールフレンドのガブリエーレ・E (26歳) をワインボトルで殴った。

そして、首を絞めて窒息させ、包丁で何度も刺して殺害した。

その後、現場に終身刑で服役中のバーテルを釈放するようメッセージを残した。


ガブリエーレ殺害から2時間後、同じくヴッパータールで友人のマルリース・R (23歳♀) を殺害した。

シュトルムはマルリースをハンマーで殴ると、素手で首を絞め、鞭で叩き、最後はカミソリで切り殺した。

マルリース殺害後、シュトルムはフランクフルトに逃走し、銀行家のウォルフガング・ウンターシュルフ (28歳♂) のアパートに避難した。

実はウォルフガングとは中央駅近くのパブで知り合っていた。

その後、シュトルムはヴッパータールに戻り、嫌いな知人を殺そうとするが、見つける事が出来ず、再びフランクフルトに戻った。


同年7月25日早朝、テレビで自身の捜索が行われている事を知ると、ウンターシュルフを殺す事に決め、ナイフで刺した (ウンターシュルフは助かっている) 。

その後、警察を呼ぶと被害者を装い、

「重要な手掛かりを知っている」

と話し、近くの警察署に向かうが、警察官は警察署に向かう途中でシュトルムを犯人だと確信し、問い詰めた。

すると、シュトルムはこれまでの犯行を自白した。

裁判でシュトルムはこれまでの犯行について一切の後悔を示さず、犠牲者を嘲り、遺族への謝罪を拒否した。

また、検察官対して「殺す」と脅した。


1978年11月23日、シュトルムは重度の精神異常が認められるが、責任能力があると判断され、3つの終身刑が言い渡された。

刑務所に収監されたシュトルムは、囚人仲間2人に襲い掛かり、重傷を負わせた。

これを受けシュトルムは安全性の高い棟へ移され、ほとんどの時間を独房で過ごした。


1997年、作家で犯罪学者のステファン・ハーバートがシュトルムを訪ね、7時間対話を行った。

ハーバートは自身の著書『The Hannibal Syndrome.The Serial Killer Phenomenon』でシュトルムの事を紹介し、
「当時、47歳だった彼と7時間話したが、最初の3時間では1度も笑わなかった。椅子から何度も飛び上がり、2人の女性を残酷に殺害した時の様子を鮮明に語った。また『父親も殺したかった』と彼は言った。最終的に微笑んだと思ったら突然恐ろしいしかめっ面で私を見た。こんな犯罪者には出会った事がなく、言葉で説明出来ない。今も私を悩ませている」
と述べている。


1998年4月29日、シュトルムはアーヘン刑務所に移送され、2003年8月27日、刑務所で死亡した。


最後に動機について尋ねた際のシュトルムの発言で終わりたいと思います。

「殺人を我慢出来ない」



《殺人数》
2人 (他犯罪多数)

《犯行期間》
1977年7月19日



∽ 総評 ∽

同じ日に女性を2人立て続けに殺害したシュトルム。

シュトルムは元ガールフレンド、友人の女性と知り合いの女性ばかり殺害した。

また、嫌いな知人 (性別不詳) を殺そうとわざわざヴッパータールに戻っており、こういった知り合いばかり標的とするシリアルキラーというのは珍しい。

そもそもシリアルキラーというのは殺人に快感を得る人間であり、そういった異常者は自分なりのこだわりはあるものの (年齢や性別、容姿等) 、基本見ず知らずの相手である。

知人や友人を狙うというのはすぐに容疑が掛かる為、シリアルキラーにとってはリスクしかない (そんなリスクなんて気にもしない人物も多いが) 。

シュトルムは殺人を止められないと述べているが、それなら誰でもいいはずであり、標的を定めている時点でしっかりとした動機があるはずだ。

また、シュトルムは生まれた家庭環境やどのような人生を歩んだか不明な点が多い殺人鬼である。

犯罪学者のステファン・ハーバートは、シュトルムと対話しその異常性に困惑したが、それが全てを物語っているといえる。