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鄭 捷 (ヂォン・ジェ 台湾)
【 1993 ~ 2016 】



鄭捷は、1993年4月3日、中華民国 (台湾) 台北県板橋市 (現新北市板橋区) で生まれた。

鄭の両親は車を輸入する仕事をしており、これまで何百万台もの車を取り扱った。

そんな家庭は経済的に裕福であった。

鄭には弟がいたが仲が良く、よく遊んだ。

鄭は遊ぶ事が好きなごく普通の笑顔の絶えない少年であった。

ただ、鄭は名誉に対する意識が高く (ただし一般的に中国人は名誉を重んじる傾向にある) 、自発的な性質であった。

10代の時、鄭は4年間テコンドーを習ったが実力はかなりもので、それは黒帯の資格を得る程であった。

また、学業も優秀で、地元の有名校板橋高校に入学した。


卒業後、国防大学の工学部に入学したが、2013年6月、大学2年目の2学期に、単位の半分以上を取得出来なかった為、大学を中退となってしまう。

鄭はより興味のあった中国文学部への編入も試みるが失敗した。


同年9月、鄭は試験が通り東海大学環境工学科に転入する。

当初、鄭は文章や言語に興味があった為、大学の中国語または外国語学部に編入しようとするが、両親が反対した為、環境工学科に進学した。

だが、鄭は科学技術に興味がなかった為、インターネットに夢中になる。

鄭は友達と遊ぶことをせず、ほとんどの時間家で過ごした。

また、鄭は毎月300元 (約6000円) 程をゲームに費やし、特に殺人や格闘といったゲームを好み、特に『神魔之塔』や『英雄聯明』がお気に入りであった。

そして、ファンタジー小説を書く事を好んだが、それが自身の存在感を感じる事の出来る瞬間であった。

そんな鄭について一般的には孤独で大人しい性格だと思われていたが、実際は学校の人気者でクラスのリーダーであった。

しかし、中学からの友人によると、この頃から鄭は殺人計画について話すようになったという。

また、ゲームチャットルームで殺人計画について話し、地下鉄でそれを実行すると話すが、冗談だと思い誰も相手にしなかった。


2014年5月21日午後3時30分頃、鄭は包丁をポケットに隠し、台北捷運板南線江子翠駅に向かうと、南港展覧館行きの列車に乗り込んだ。

そして、国父紀念館駅で降りると、乗って来た道を引き返すように永寧方面行きの列車に乗った。

午後4時30分頃、龍山寺駅から列車が発車すると、鄭は包丁を取り出し、乗客を次々と刺し始める。

その後、江子翠駅で降りると、包丁を振り回しながらプラットホームへ向かうが、駅を出ようとした所を駅員と乗客に取り押さえられ、駆けつけた警察官に逮捕された。

犠牲者は4人、負傷者は24人に及ぶ大惨事となり、事件が報道されると台湾全土が震撼した。

鄭がまだ拘束される前、事件が起こっている最中にも関わらず、通行人がプラットホームでCPR (心肺蘇生法) を行い助かった人もいた。

事件について問われると鄭は

「以前から考えていた事だった。元々大学を卒業してからやる予定であったが、事件の日は授業がなかったからやった」

と話し、更に動機について問われると

「特にない。大事件を起こしてやりたいと思った」

と述べた。

鄭は東海大学の寮で生活していたのだが、事件が起こる数時間前、ルームメイトが鄭に電話していた。

ルームメイトは鄭に夕食の事を聞くが、

「一緒に食事する事は出来ない」

と話したという。

ルームメイトは9ヶ月間、鄭と一緒に生活してきて、性格の良い好青年であったと思っていた為、事件を受け強いショックを受けた。

鄭の両親は警察の尋問を受け、高校ではファッションなどに気をつかうよくいる若者であったが、国防大学を中退した頃から性格に変化が生じたと話した。

メディアは鄭が残虐なゲームを好んだ事が事件を起こすきっかけになったのではないかと報道したが、台湾の諜報機関は鄭の動機とは全く関係ないと発表した。

刑務所に収監された鄭は、看守らに日本の漫画『ワンピース』を読みたいと漏らし、両親から送られた小遣いで購入して読んだ。

また、携帯テレビを購入してアニメやニュースを視聴し、水やバナナを買って飲み食いし、楽しく好き勝手な生活を送った。

その為、看守たちから鄭は『サマーキャンプ』というニックネームを付けられた。

裁判が始まると、鄭のふてぶてしい態度が反響を呼んだ。

鄭は

「死刑判決が出ても気にしない。すぐに控訴すればいいだけだ」

と述べ、傍聴に来ていた多くの遺族による激しい罵倒に対しては、

「全然気にならない。罵られても俺は少しも痛くない」

と述べた。


2015年3月6日、鄭には政治的権利の剥奪、4回の死刑と144年6ヶ月の懲役刑が言い渡された。


2016年5月10日、銃殺による死刑が執行された。

享年23歳。


最後に法廷で述べた鄭の発言で終わりたいと思います。

「何も後悔していない」



《殺人数》
4人 (他24人負傷)

《犯行期間》
2014年5月21日



∽ 総評 ∽

鄭の犯行は典型的な通り魔事件といえる。

日本でも同様の事件は起こっており、アメリカでいう所の銃かナイフかの違いに過ぎない。

こういった犯行に及ぶ人間というのは大体世界共通で、根暗で陰湿、友達やガールフレンドがおらず、自分の非を認めず、他人や社会のせいにして鬱屈が溜まって暴走する。

ただ、鄭は少し異なり、成績も良く優秀で、学校では人気者であった。

しかも、動機もたいしてなく、「ただ大事件を起こしたかった」という安直で短絡的なものであり、非常に恐ろしい。

おそらく、両親が言っていた大学中退で人格が変わったという点から、打たれ弱いエリートにありがちなちょっとしたつまずきで絶望を抱き、精神に異常をきたし始めたと推測される。

これまで世の中にはゲームきっかけで犯行に及んだと思われる人物を何人か紹介してきた。

過激で残酷描写の多いゲームが人間に与える影響はもちろん0ではない。

ゲームをプレイする人間の絶対数が多くなれば当然影響を受けてしまう輩も出て来てしまう。

だが、過激なゲームをプレイしてもそのほとんどの人が人を刺さないし銃を乱射しない。

カナダは隣国のアメリカ同様、過激なゲームや映画を上映しているが、アメリカと比べて圧倒的に事件が少ない。

そんな異常な影響を受ける極少数の人間を取り上げて「全てゲームが悪い」というのはナンセンス以外の何物でもない。

鄭は死刑判決を受け約1年後に執行されたが、現在の台湾ではこれはかなり異例な事であった。

それほど、この鄭が世間に与えた衝撃の大きさが見てとれる。