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李 宏基 (リ・ホンジ 台湾)
【 1972 ~ 2018 】



李宏基は1人親の家庭に生まれた。

李は18歳で自立し、1人で生活を始めた。

李は陳という女性と結婚し、娘も生まれ、仕事も真面目に働き更なる飛躍の為に学校にも通った。

だか、しばらくして結婚生活に翳りが見え始め、それと同時に李の家庭内暴力が始まった。

李は妻が浮気しているという妄想に取り憑かれ、妻の夜間での外出を禁じる。

妻が身の危険を感じ当局に訴え、李は家庭内暴力により逮捕され、陳は李と離婚する。

刑務所に収監された後、李は釈放され陳に娘と会わせてくれるよう頼むが拒絶される。


2014年4月、李は娘が通う幼稚園に向かい待ち伏せした。

そこへ娘を連れた陳が現れ、李は大勢の人がいる前で陳を滅多刺しにして殺害する。

陳殺害後、娘を連れ去ると車に乗せ逃走した。

その後、新竹縣へ向かうが途中マクドナルドに寄り、娘に与えた。

娘にどこに行くのか聞かれると、李は

「お父さんはお前となるべく遠くの場所に行きたい」

と話した。

しばらく走った後、車を止めると娘に睡眠薬を飲ませ眠らせる。

そして、車内で木炭を燃やし、赤い糸で娘と自分の手を結ぶと自殺を図った。

しかし、車がすぐに発見され、車内から李と娘が救出される。

李は意識があったが娘は意識がなく、すぐに2人は病院に搬送された。

車が発見された理由は、自殺を図る前に道端のガードレールに車をぶつけており、それを目撃した人がいた為だった。

当初、娘同様李も負傷者だと思われたが、多くの目撃情報からすぐに陳殺害が判明し、李は逮捕された。

娘は意識不明の状態が長く続いたが、2ヶ月後に死亡した。

裁判が始まると、李が自らも死ぬつもりであった事、他人ではなく自身の子供を殺害した事、啓蒙の可能性がある事などにより、当初、終身刑が言い渡された。


しかし、遺族が判決を不服として控訴した後、2016年12月28日、李は死刑を言い渡された (10回目の死刑判決であった。ただし10回目といっても「10回の死刑」という事ではなく、例えば死刑判決→控訴→死刑判決であれば2回目の死刑判決という事になる) 。

判決が覆った理由は、妻と娘に対する日頃の行動や裁判で陳が、

「 (妻には) 不満を悔い改めて欲しい」

と反省どころか殺害した妻に非があるかのような発言を行った為だった。


2018年8月31日午後3時37分、銃殺による死刑が執行された。

李は処刑前、最後何か言いたい事はあるかと問われると、

「いいえ」

と冷静に答えた。

尚、李への死刑判決及び執行は、蔡英文が中華民国 (台湾) 総統となって以来、どちらも初めての事だった。



《殺人数》
2人

《犯行期間》
2014年4月



∽ 総評 ∽

家庭内暴力により逮捕された後、逆恨みで妻と娘を殺害した李。

動機や行動に酌量の余地はないが、こういった動機による犯行は多く、これまでいくつか紹介してきた。

台湾は死刑が存在し、李も執行されているが、かつての台湾は死刑執行が盛んで、1980年代や1990年代は特に多く、1989年は69人、1990年には78人も執行していた。

これは台湾の人口2000万人を考えれば非常に多いといえる (人口3億人以上のアメリカでさえ年間40~50人程度) 。

だが、そんな台湾もヨーロッパを中心とする死刑廃止運動により、近年、死刑執行を躊躇う傾向にあり激減している。

2000年代に入ると2003年には年間3人となると、2006年から2009年の4年間は執行がなかった。

2010年から再び執行されるようになり、毎年4~6人程度コンスタントに執行されていたが、2016年は1人、2017年は0、2018年の執行は李へ行われたのみで、再び執行数が激減してきている。

ただ、台湾は執行数も減っているが、死刑判決自体も激減している。

お隣の中国を見習って欲しいが、台湾と中国の関係を考えればまず難しいであろう。