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ヴィクトリア・オソテク (イギリス)
【 1992 ~      】



2010年3月25日午後5時14分、イギリス・ロンドンのヴィクトリア駅はラッシュアワーで混雑していた。

そんな駅構内で日本刀やナイフ、マチェーテや鋼鉄の金属棒、伸縮自在のバトン等合計52本の武器で武装した数十人がソフィエン・ベラムアデン (15歳♂) を追い掛ける。

必死に逃げようとするが叫び声や奇声を発しながら追い詰め、ベラムアデンは階段を降りた切符売り場の前で倒れてしまう。

数十人の若者に取り囲まれたベラムアデンは、数百人の乗客がいる前で10秒間、繰り返し殴られ、蹴られ、何度も刺された。

凄惨な暴行を終えた後、犯人たちはその場を逃走する。

すぐに警察が駆けつけるが、ベラムアデンはすでに死亡していた。

ベラムアデンの剖検を行うと、9回刺され、その刺し傷が肺と心臓に達したのが致命傷となった事がわかった。

しかし、追い掛け回し暴行を加え、逃走するまでの一部始終を駅構内に設置してあるCCTV (監視カメラ) がとらえており、犯人たちはすぐに逮捕された。

逮捕されたのは全部で20人で、全員が10代であった。

少年たちは「Missy Maffia (ミッシー・マフィア) 」というギャングのメンバーであった。

20人の内、1人だけ女性がおり、その女性はヴィクトリア・オソテクといい、オソテクは「Missy Maffia」のリーダーであり、犯行時、オソテクは18歳になったばかりであった。

オソテクは最後にベラムアデンを蹴り、襲撃者の中で最後に現場を去った姿がCCTVにしっかりと映されていた。

犯行の前日夜、オソテクは Facebook で仲間たちに呼び掛け、犯行時間、武装して現場に来るよう指示していた。

オソテクはソーシャルネットワークサイトで暴力という意味の俗語として「beef (牛肉) 」という言葉を使い、仲間に知らせていた。

犯行理由はライバル学校への「報復」だとオソテクは語った。

事件が世間に知られる事になると、帰宅ラッシュで混雑している駅構内で堂々と凄惨な事件が起こった事にイギリス全土が震撼した。

ベラムアデン殺害に関与した20人全員が起訴され、オソテクが犯行に使用されたナイフ購入に一役買った事がわかった。


2011年9月、裁判が始まると、検察官は
「これまで聞いた事のない残忍で無慈悲な犯行」
と痛烈に非難した。

オソテクは確かに犯行現場にはいたが、直接ベラムアデンに暴行を加えた事は否定した。

「私は彼が刺されているのを見てショックを受けた。その場で固まってしまった」

と話した。

しかし、裁判官は
「あなたは逃走する前、最後に被害者を容赦なく蹴ったのがカメラに映っている」
と述べた。

すると、オソテクは

「大丈夫かどうか確認する為に足で軽く撫でただけ」

と暴行ではないと主張した。

オソテクは両親がナイジェリア人で、母親は麻薬中毒者であった。

2歳の時に両親が離婚し、5歳の時に母親は再婚した。

再婚する前、オソテクは叔母に育てられたのだが、叔母から怒鳴られ毎日殴られた。

そして、8歳の時に里親に出されていた。

クラスメイトによると、オソテクは常に他人を怒らせ、いじめっ子であったという。

弁護士は不幸な境遇のオソテクに対し、酌量を求めた。


2012年2月、オソテクら「Missy Maffia」のメンバーは有罪判決を受けた。


同年4月20日、オビ・ノウォーク (19歳♂) 、クリストファー・オモレジー (18歳♂) 、サムソン・オデグバーン (18歳♂) にはそれぞれ懲役18年が言い渡された。

アドニス・アクラ (18歳♂) 、サミュエル・ロバーツ (19歳♂) 、フェミ・オデリンウォール (18歳♂) にはそれぞれ懲役12年が言い渡された。

タイロン・リチャーズ (17歳♂) 、イーノック・アモアー (19歳♂) にはそれぞれ懲役7年が言い渡された。

ルイス・シンクレア (18歳♂) 、オラウェール・オラリビグブ (18歳♂) 、メルビン・メンサ (18歳♂) 、セラシエ・アキャク (19歳♂)にはそれぞれ懲役2年が言い渡された。

残るメンバーは無実となり釈放された。

オソテクには懲役12年が言い渡された。

このオソテクへの判決に対し、ベラムアデンの母親は怒りを露にし、
「私はうんざりしている。彼女は12年の内、6年奉仕すれば出て来るだろう。彼女は大人であり、彼女が全部計画した」
と判決に納得がいかないと話した。

父親も
「息子が経験した苦しみ、そのような野蛮な行為に悩まされなければならなかったのか。そして、何故、私が息子を守る為にその場にいなかったのか」
とその心情を語った。

ベラムアデンは将来有望なサッカー選手であり、そんな兄に妹は、
「兄が生きているのを最後に見た時、兄は私の肩に手を回し『また後でね』と言っていた」
と話し、涙を流した。

また、検察官が再審の請求をしない事を発表すると、更にベラムアデンの家族は激怒し、
「納得のいかない軽微な罪に対し、罪を追及しない事に非常に失望している。私たちはその決定に不満を抱いている」
と述べた。



《殺人数》
1人

《犯行期間》
2010年3月25日



∽ 総評 ∽

帰宅ラッシュで賑わう駅構内で集団でよってたかって1人の少年に暴行を加えて殺害したオソテクらギャングたち。

犯行理由が、他の学校とのいざこざによる報復とされるが、いまいちよくわからない。

その学校と日頃、色々ともめていたのだろうが、ベラムアデンは将来サッカー選手として有望であった。

そんなベラムアデンが不良だったとは思えず、おそらくギャングとは何の接点もなかったと思われる。

もしかしたらたた単に「その学校の生徒」だったから狙われただけかもしれない。

オソテクはギャングのリーダーとして多数の少年たちを従えたが、前日に犯行を指示し、道具まで用意させる非情さであった。

オソテクの家庭環境に関しては、弁護士も酌量を求めるほどの悲惨なものであったが、だからといって罪が許されてはならない。

遺族たちの主張通りあまりに罪が軽過ぎ、全員まとめて公開処刑でもいいくらいである。