_20190726_145634
ジュリーン・シムコ (アメリカ)
【 1978 ~      】



ジュリーン・M・シムコ (旧姓ニック) は、アメリカ中西部で生まれたごく普通の女の子であった。

ジュリーンの当時を知る友人によると笑顔を絶やさない楽しい子供であったという。

だが、子供の頃、ジュリーンは父親に性的暴行を受ける。

父親は娘への性的暴行により逮捕された。

高校卒業して間もなくジェレミー・シムコと出会う。

ジェレミーはジュリーンに惚れ、2人は交際する事となった。

だが、ジュリーンの友人によると、ジェレミーは攻撃的で支配的だと語っている。

その後、2人は結婚し、アメリカ・オハイオ州バーミリオンで農場を営み牧歌的な生活を送った。

この時の様子を知る友人は、
「ジュリーンとジェレミーはまるで親友のようだった。一緒に働き一緒に遊んでいた」
と語っている。


2009年11月18日、911に連絡が入る。

侵入者によって夫が撃たれ、犯人はまだ家の中にいるという事だった。

電話の主はジュリーンであった。

すぐさま警察が現場に駆けつけ、家の中に入ろうとするが、全てのドアと窓は施錠されていた。

ジュリーンが家の裏のドアを開けると、犯人はすでにおらず、ジュリーンは身体中血だらけでヒステリックな様子であった。

階段の下に銃と、台所にマグナムリボルバーがそれぞれ見つかった。

2階の寝室で頭を撃たれ血まみれのジェレミーが見つかり、すでに死亡していた。

5つの空のカートリッジ、また、寝室にはスミス&ウェッソンの9mm銃が見つかった。

ジュリーンは病院に運ばれ、血だらけだったが怪我はなかった。

血はジェレミーのもので、止血しようとして付いたものだと説明した。

寝室にあった9mmの銃は自分のもので、物音を聞いた際に自分を守る為に持ったと話した。

また、ジュリーンは以前にも納屋に隠していた財産を奪われた事があったと話した。

警察が捜査を進めると、夫妻の家はドアや窓にいくつもの警報装置が設置されていたが、そのどれも鳴っていない事がわかった。


翌日の朝、ジュリーンは退院し、家に戻った。

すると、警察に連絡が入る。

ジュリーンは家の金庫から2000ドル (約20万円) が奪われていると話した。


同年11月25日、検視の結果、ジェレミーは家に残されたマグナムリボルバーで後頭部を撃たれていたのだが、銃口がほとんど離れていない状態で撃たれていた事がわかった。

そうなるとジェレミーと犯人は数インチ以内の場所から撃った事になり、それはベッドで一緒に寝ていないと不可能であった。

また、犯人のDNAと指紋が現場から一切発見されず、犯人が家の中にいたという証拠が何1つ見つからなかった。

ジュリーンの供述は曖昧で、急に犯人が斧を持っていたと話すが、斧は見つからなかった。

警察はジェレミーを撃った銃は現場に残し、斧だけ持ち帰るのは犯人の行動としては不自然だと感じた。

警察は犯人は妻のジュリーンであると考えるが、決定的な証拠が見つからず、逮捕に至らなかった。


それから数年が経過し、事件は動き始める。

シムコ夫妻に関する衝撃的な物が見つかった。

それはジュリーンが束縛され拷問を受けている写真が収められたアルバムであった。

また、性行為を撮ったビデオも見つかったのだが、写真や動画には苦痛からジュリーンが泣いているものも多数あった。

更にジュリーンとジェレミーの間に交わされた14ページに及ぶ文書も見つかった。

だがそれはジュリーンがジェレミーに従属するという一方的なもので、ジュリーンがジェレミーに対してどう接すればいいのか具体的に明記されていた。

その1つにジュリーンがジェレミーの娘となって接するというものがあり、ジュリーンが父親に強姦されていた事を知っていたジェレミーが、ジュリーンが嫌がる状況、行動をあえてさせようとしていた事が判明した。


これにより警察は、日頃の性的虐待や一方的な契約に嫌気がさしたジュリーンがジェレミーを殺害したと考え、2013年11月14日、ジュリーンを逮捕した。

逮捕されたジュリーンはジェレミー殺害を認めた。

殺人に関しては一切後悔していないと述べたジュリーンであったが、ジェレミーからの性的虐待については否定した。

それらはあくまでロールプレイング (役割演技) だったと語った。


2014年12月19日、ジュリーンは殺人で起訴された。

検察官はジュリーンは幼少期に父親からされた性的虐待がトラウマであり、ジェレミーとの主従関係でストレスが爆発し、犯行に至ったと述べた。

ジュリーンの母ジュディ・マルドナドは、娘は美しく、優しい子だと話し、
「彼女は愛情があり親切で優しく敏感でやや内気な子だった」
と子供時代の様子を話した。

ジェレミー殺害前にジュリーンが警察の世話になった事はなく、誠実であり、犯罪者でない事を信じていると語った。

また、ジェレミーは邪悪な性格であり、他人を傷つけているのを何度も見たと述べた。

ただ、そんな粗暴なジェレミーも、ジュリーンのおかげで穏やかになったとも述べた。

そして、最後に
「私は娘が無実だと信じる」
と力強く語り、裁判官に自由となり再び外で会えるように、最低限の刑にしてくれるよう頼んだ。

だが、ジェレミーの父親ロバートは、ジュリーンに最高刑である仮釈放の可能性がない終身刑を求めた。

ロバートはジュリーンには他の選択肢 (離婚) があったと述べた。


2017年10月20日、ジェレミー殺害でジュリーンは有罪判決が下され、懲役28年が言い渡された。

判決を言い渡された際、ジュリーンは涙を流した。


最後に警察の尋問について話したジュリーンの発言で終わりたいと思います。

「私は寝室で起こった事 (殺人) は全て喜んで行いました」



《殺人数》
1人

《犯行期間》
2009年11月18日



∽ 総評 ∽

長年の夫からの性的虐待に苦しみ、夫を殺害したとされるジュリーン。

ジュリーンの殺害動機だが、検察官は父親と同様の事をされ、ストレスが溜まりそれが爆発した主張した

父親の虐待を再現しようとしたジェレミーは確かに酷いといえ、表面上は何の問題もなく幸せそうにみえる家庭も、影ではそうではなかった。

正直、今回の事件はもし、動機がそうならばジュリーンが全て悪いとは言い難い。

流石に父親からの性的虐待を再現しようとしたジェレミーはまともな精神ではなく、鬼畜極まりないサディストといえる。

ただ、それらジェレミーの行為をジュリーンは「役割演技の一貫」として嫌がっていないと話した。

嫌がってないのなら主従関係によるストレスが溜まって殺害に至ったというのもおかしな話であり、いまいち動機が釈然としない。

また、何故、事件から4年も経って急にビデオや写真が見つかったのかも疑問が残る。

母親の言う事は我が子への過度な愛情による発言と言えるが、最低限の刑を求めたジュリーンの母親と、最高刑を求めたジェレミーの父親。

父親はジュリーンには離婚という選択肢があり、殺人という方法を選ぶのは許されず最高刑は当然だと求めたが、おそらくジェレミーの異常性を考えると離婚を切り出したとして決して認めなかったであろう。

むしろ、怒りが頂点に達しジュリーンを殺害する可能性すらあったかもしれない。

結局、懲役28年という母親の方に判決が寄ったのは、裁判官もジェレミーの行いを非道と考え、ジュリーンに多少同情を示した結果であろう。

個人的にはジュリーンが犯行を強盗のせいに画策したのが問題で、素直に耐えられなくて殺害したのならもっと軽い刑になったようにも思える。

その為、もしかしたら動機は全く違うのかもしれない。