ナジレヴのエンジェル・メーカー (ハンガリー)
【 1914 ~ 1929 】
1914年、第一次世界大戦が始まると、ハンガリーの首都ブダペストから南東60マイル (約96km) の所にあるナジレヴという農村に住むほとんどの男性が徴兵される。
ナジレヴには夫が出兵した多くの妻や女性達が残った。
そして、ナジレヴ近郊に捕虜収容所が出来ると、多くの捕虜が集められた。
すると、長い間、夫がいなかった年若き女性達と捕虜達の間で不貞な関係が相次ぐ。
それは多くの女性が捕虜2人以上と関係をもつ程であった。
当時のハンガリーは女性は10代で結婚するのが当たり前で、しかも、結婚相手は家族によって決められ花嫁に決定権はなかった。
夫が暴力を振るうような最低な人間でも離婚は社会的に認められなかった。
その為、どんな粗暴で自分勝手な夫だったとしても、我慢して生活を続けるしかなかった。
また、当時のハンガリー人の男性は亭主関白な人が多く、妻は夫に逆らう事など出来ず、粛々と従わなければならなかった。
だが、捕虜の男性達は夫達とは違い優しく紳士的であった。
ナジレヴの女性達は初めてそんな男性と接し、今までの価値観が完全に変わってしまう。
その為、女性達は戦地にいる夫より身近に存在する捕虜たちに惹かれ愛情が湧いていく。
しかし、戦争も終わり捕虜が去り夫が家に戻って来ると、幸せだった生活は終りを告げ、現実に引き戻される。
再び、以前の夫主体の生活に戻るが、多くの妻達がすでにそんな生活に耐えられない精神状態になっていた。
そこで、妻達は村で『wise woman (賢い女性) 』として知られるファゼカシュ・ジュラニ・オラ・ジュジャンナ (ハンガリーは日本と同じく名前が「姓・名」の順番である。その為、「ジュジャンナ・ファゼカシュ」のように他の欧州諸国同様「名・姓」と表記されている場合が多い) に相談する。
ファゼカシュは病院のないナジレヴで、助産師であり中絶医でもあった。
村の妻達の意見を聞いたファゼカシュは、友人のスサーナ・オラーに協力を得る。
ファゼカシュはハエ取り紙を沸騰させると残留物としてヒ素が残り、それをワイン等の飲み物に混入させ、夫に飲ませるよう提案する。
早速、ナジレヴの妻達が行動に移し、次々と夫が死亡する。
だが、当初は邪魔な夫だけを殺害して満足していた妻達だったが、夫を殺した事で殺人への抵抗が薄らぎ、次第に自身の弊害となる人物へと矛先が変わっていく。
メアリー・カルドス (45歳♀) は、夫を殺害後、身体障害者の息子 (23歳) も殺害した。
ある者は疎ましい姑を、ある者は嫌いな隣人を、ある者は兄弟や家族といった者さえも殺害していった。
しかし、1929年7月にラディスラウス・サーボが、ワインにヒ素を混入した事を告白し、事件が発覚する。
逮捕されたサーボは、ブケノヴェスキーという女性が母親にヒ素を盛り、ティサ川に投げ捨てたと述べ、ブケノヴェスキーは尋問を受けた。
ブケノヴェスキーはファゼカシュに殺害の方法を教わった事を告白する。
すぐにファゼカシュは尋問されるが、全てを否認する。
ファゼカシュは解放されるが、犯行を行った妻達のもとに出向き、告げて回った。
だが、ファゼカシュは警察に尾行されており、次々と逮捕される。
警察は38人の女性を逮捕し、その内、34人 (他に男性1人) が起訴された。
女性達は自らを『The Angel Makers of Nagyrev (ナジレヴのエンジェル・メーカー) 』と名乗り、1914年から1929年までの15年間でおよそ300人が殺害された (しかし、裁判では45人~50人とされた) 。
当局は地元の墓地から何十人もの遺体を掘り起こした。
事件が公になるとハンガリー国内は騒然となり、ナジレヴは「the murder district (殺人地区) 」と呼ばれるようになった。
起訴された35人の内、26人が裁判にかけられ、7人に終身刑が、8人に死刑が (執行されたのは2人のみ) 、残りには懲役刑が言い渡された。
ファゼカシュは1911年から助産師としてナジレヴにやって来ていたのだが、その年に夫が行方不明となっていた (ファゼカシュによって殺害されたとされる) 。
ファゼカシュは殺人の裁判にかけられる事はなかったが、1911年から1921年の間に少なくとも10回は違法な中絶を行ったとして起訴され投獄される。
しかし、裁判官が中絶支持者であった為、結局無罪となって釈放された。
1929年11月、ファゼカシュは再び裁判にかけられる事になるが、その前に自らの命を絶った。
村全体で殺人が行われていたナジレヴであるが、後年の調査で女性達の犯行がナジレヴだけではない可能性が出てきている。
ナジレヴ以外にもベーケーシュ県、チョングラード県、ザラ県や近隣のいくつかの村にも似たような毒殺事件が発生しており、それらの事件にも関与しているのではと考えられている。
この事件は後に『The Angelmakers』というドキュメンタリー映画になっている。
最後に夫のみならず、他の人間をも手にかける妻達に言ったファゼカシュの発言で終わりたいと思います。
「どうして我慢出来ないのか」
《殺人数》
推定300人
《犯行期間》
1914年~1929年
∽ 総評 ∽
夫のみならず気に入らない人間を次々と葬った『The Angel Makers of Nagyrev』たち。
最初は夫だけを殺害して満足していたが、次第に弊害となる者を殺し始めるという凄惨な状況となっていった。
隣人が隣人を殺す、誰が誰を殺し、誰を恨んでいるのか、誰に恨まれているのか、いつ自分が殺されるのか、疑心暗鬼と言い知れぬ恐怖が村全体を覆い尽くし、ナジレヴはまさに法の秩序など存在しない無法地帯と化していた。
確かに妻達にも多少の同情の余地はある。
当時のハンガリーは女性は10代で問答無用で結婚させられ、しかも、どんな嫌な事があっても夫に従わなければいけない。
しかも、当時のハンガリー人男性は「女は男に従うもの」という何十年か前の日本と同様な考え方であった。
そこに、捕虜といえど夫とはまるで違う優しく紳士的な男性が現れれば、価値観や概念が変わってもおかしくない (ただ、捕虜たちはその立場故にそういう風に接するしかなかったのかもしれないが) 。
人間というのは1度事を起こしてしまうと、抵抗力がなくなり、前よりも安易に容易に出来てしまう生き物である。
簡単に人を殺せる事が出きるのであれば「気に入らない邪魔な人間を殺そう」という思考になるのはむしろ必然といえる。
ファゼカシュが「どうして我慢出来ないのか」と言っているが、もちろん我慢出来る人もいると思うが、人間というのは障害にぶつかった時、最も簡単に容易にその事を取り除く方法を考えるものである。
簡単に殺せてしかも発覚しないとしたら「我慢するくらないなら」と毒殺に及ぶ事は何ら不思議な事ではない。
また、この事件がここまで大きくなった要因の1つに「1人じゃない」というのが考えられる。
多くの人数が同じ事をやる事で「他人がやってるのだから自分がやっても問題ない」という思考になる (日本人に顕著な考え方であるが) 。
現在ならばとても考えられない事件であり、おそらく時代背景もあるのだろうが、これほどの事件が100年ほど前に実際に起こっていたと考えると恐ろしい限りである。
コメント
コメント一覧 (32)
ズッと虐げられてきた妻達(人権も平等も無い)は自分達の国の在り方が間違っていると気付くまでは、大目(浮気)に見ても良い気がします。
まるで奴隷のような扱いを受けていた妻達の怒りや憎しみが、象徴的存在である夫に向かったのも当然であると思います。
私は殺人=死刑で良いと考える人間ですが、復讐は殺人とは別口だと思っています。
ですがタガが外れ過ぎて「気に食わない人間」までも殺してしまうのは問題外でしょう。
恐らくは世界中で封権社会が崩壊する時に起こっている現象でしょう。
抑圧された物が一気に爆発した感じですね。
そして、タガが外れた女性たちの暴走は誰も止められない。
私も復讐と殺人は全く違うと思いますね。
被害の内容にもよりますが。
仰る通りちょっと気に入らない程度で殺人は論外です。
法の秩序が失われた時、人間 (というか男性) がまず行う事は殺人と強姦でしょう。
王国末期は敗戦などの混乱などで国そのものがごちゃごちゃで軍隊もほとんど壊滅状態。
しかも敗戦を理由に領土の大半(カルパティア、トランシルバニア、ボイボディナ、リエカ、)が侵食されている。
それだけじゃなく、共産主義者や国家主義者をかたった無法者たちに浸食されて内政はガタガタ。
しかも、新生国家のチェコスロバキアやルーマニアに脅されたり侵略されたりする始末。
これではこの事件が起こっても起こってもおかしくありませんね。
なるほど、国自体が混沌としてしまっているので、起こるべくして起きたともいえますね。
理不尽な環境から、蓄積された怒りが爆発して、大量殺人に至ったような事件だと思いました
ファゼカシュはその爆弾のスイッチみたいなものですね
でも本人はそこまでの犠牲者が出るとは思ってなかった様子ですけど
時代が大きいでしょうね。
どこの国にも当然あると思いますが、日本に比べて欧米諸国はレディファースト精神があるので意外ではありますね。
仰る通り彼女が起爆剤で、まさかこんな事になるとは思ってもいなかったでしょう。
ただ、夫殺害の時に毒殺など提案しなければ死なずには済んだでしょう。
そういった意味では彼女の罪は重いですね。
ファゼカシュももしかしたらこんな理不尽な環境から抜け出すには、きっと相手を殺すしかないと思ったんでしょうね 善意のつもりで殺害を教えたのだと思いました
けれど、妻達の不満や怒りが、どれほどのものかは想像できなかったんでしょうね 夫だけで済むと思ったら、まさかそれ以外の人間までもころすとは思わなかったのでしょう
その結果がこの事件になったのだと思いました
確かにそう思ったと思います。
現状の妻達の辛い状況を打破させて上げたいとも思ったのでしょう。
仰る通りまさかこんな事になるとは想像もしてなかったと思います。
ヴ王
意外に思われるかもしれませんが、日本はあまり男尊女卑ではありません。逆に男尊女卑の名残がレディーファーストなんですよ。諸説在りますが、馬車から降りる等の時、女性を先に立たせ、暴漢などから回避するためにやられ始めた習慣と言われています。逆に日本では男性が前を歩くとありますが、それは男性が先に危険を確認することと言うことです。類人猿のゴリラなんかはそういう行動を取りますよ。
男尊女卑というか「女は一歩下がって歩く」みたいな時代がありましたね。
なるほど、確かにそれなら女性を守るカッコいい男になりますね。
この事件は一つ間違うと「女性は陰湿で恐ろしい」という偏見を生みかねませんが、
加害者となった女性の殆どは、真面な教育も受けず貧しかったのでしょう。
確かに女性が結託すると恐ろしいのは確かですが、
こうした結託は長く続かないのは確かです。
自首した加害者は、口封じに殺される事を恐れて自首したのかも知れません。
或いはその逆で、人殺しをした事で弱みを握られたと思ったのでしょう。
この事件のもう一つの特筆すべき点として、
「戦争」と「外人の捕虜」という異物が投入された事によって、
村の封建社会が一瞬で崩壊した事です。
第二次世界大戦の時、ユダヤ人の看護婦が、
敵であるドイツ兵の捕虜に貴重なミルクを分け与えて、
命を救ったという話を思い出します。
そういう偏見は確かに生まれ兼ねないですね。
私は女性が男性がという事なんかより純粋に人間というのは恐ろしいと感じただけですね。
仰る通りこういう関係は希薄ですぐに終わります。
戦争という有事は何が起こるかわからないという事ですね。
当然加害者たちも唾棄すべき凶悪なメスの害獣たちという目で見ていました。
しかし有志らのコメントやこの記事を見ていると彼女たちも被害者ともとらえることができますね。
そして逆に一部の被害者も悲劇を生みだした加害者であることがわかりました。
この記事を見て、ハンガリーは先進的な中欧諸国の一部と思っていましたが、まだまだ田舎の方は東欧的な面がまだ残っていたのが衝撃でした。
貴重な記事ありがとうございました。
スペシャル記事楽しみにしています。
もちろん殺人を犯した彼女たちが悪いですが、環境と国が違えば間違いなく犯罪者にはなってなかったでしょう。
時代が1番だと思います。
流石に現代ではあり得ない話しですが、人間が一歩間違えればこれ程非情になり得るという事ですね。
結構いますね。
強姦された被害者を非難したり、殺された被害者を「被害者にも落ち度がある」とかいう事が。
殺人に関しては同情すべき事がある場合もありますが、強姦は100%被害者に落ち度はありません。
以前掲載したのはイギリスの人物ですね。
私も殴りたくなるし殺意すら抱きますね。
どの人物のことを言ってるんですか?
2019/02/16 に掲載したポール・ハインドですね。
アメリカも韓国を殆ど無視(笑)
世界中が韓国を疎外しています。
ナンでも「韓国が世界から孤立」では無くて「世界が韓国から孤立」なんだそうです。
非常に朝鮮人的なニュアンスですね。
このまま、後ろを振り返らず突っ走って逝ってもらいたいですね。
全然「経済制裁」でも無いのに大騒ぎ。
日本政府は輸出規制の第二段が決定しているんだそうで、第一段は序ノ口だそうです。
楽しみです!
WTO自体少し怪しいですが、まあ当然の反応でしょう。
このまま暴走を続けて欲しいですね。
どうなるか楽しみです。
国交断絶もあながち無い事もなさそうですね。
少年らが知的障害の少女を輪姦し、全身あざだらけの大ケガをおわせたのに不起訴になったそうです。
しかも、輪姦した少年らを訴えろと言う声はとんでもないほど少なく、その程度のいたずらだと見なした住民の方がかなり多かったようです。
馬鹿な判事の理屈は
「彼らは一流の大学に進学する可能性がある」
と言う理由だったそうです。
陰惨な事件ですが掲載していただけたら幸いです。
アメリカですか。
内容を聞く所、ヨーロッパで起こりそうな事件ですね。
知的障害者は将来何の役にも立たない、それよりも愚かな少年でも将来税金を納めると司法が認めましたか。
鬼畜な判決ですね。
調べてみます。
もちろん私は最初の殺人は同情できますし、家庭環境はものすごく悲惨ですね。
ただ、数百人はさすがにひどいです。
ヒモで浮気男の凶悪犯罪者、キス ベラを掲載していただければ幸いです。
保険金目的で女性をたくさん殺しました。
男が保険金目当てで殺人を繰り返すというのは珍しいですね。
調べてみます。
私にとっては、4年前に掲載されたアメリカ・『マケルロイ事件』以来の研究資料となりました。
アメリカの『マケルロイ事件』と本件の『エンジェル・メーカーズ』はスケールが異なりますが
、共通点は管理人様のおっしゃる通り、「気に入らないヤツを排除しよう」という集団
一人一人の意思や、『赤信号みんなで渡れば怖くない論』が働いて合致してしまった
通りの結果といってもいいでしょうね。
時代背景もそうですが、事件の舞台は昔の我が国で言う『村社会』みたいなものですね。
最後にリクエストと言う情報提供ですが、群集心理系で93年にアメリカ・フロリダ州で
起こった、陰湿な嫌がらせをしたいじめっ子に対する10代の少年少女たちの報復リンチ事件、
「ボビー・ケント殺人事件」を取り上げてくれたらありがたいです。
取材したジム・シュッツ記者の「なぜ、いじめっ子は殺されたのか?」を原作に『ブリー』と言う
映画にもなったほどの集団心理事案です。
(↑ゆっくりで構いませんので、では。)
そういった大衆の意見に反発すると逆に暴行されたりする事もあるので、本心では従いたくなくても嫌々参加している人もいるでしょうね。
もちろん積極的に参加する人もいるでしょうけど。
こういった集団心理は日本人によくみられますね。
日本人は良くも悪くも他人の顔色を伺う人種ですから。
気になる事件ですね。
今度調べてみます。
統治期間は133日と短かったのですが、その間にかなり急進的で身の程知らずな独裁ぶりを発揮しました。
しかも、その間のハンガリーは阿鼻叫喚の地獄でした。
600人以上が抹殺されています。
独裁者ってどの国にもいるものですね。
今度調べてみます。
もともと、ナジレヴという名前すら知らないのはハンガリーの中でも田舎。
ド田舎で起こった凄惨な連続大量殺人事件。
途上国で田舎の昔話でもある程度資料が残っているくらいだから相当衝撃的だったのでしょう。
敗戦の影響で南東部、北部、南西部、西部、北東部を新興国家(北部のスロヴァキアをチェコスロヴァキア)(南西部のボスニア、クロアチア、ワイダシャーク(現在のヴォイヴォディナ)をユーゴ)(西部のブルゲンラントをオーストリア)(北東部のウングヴァールなどをソ連)(南東部のエルデーイ(トランシルヴァニア)をルーマニア)にとられて末期はバラバラにされていますからね。
警察もまともに動けず、閉じたド田舎の事件と考えると被害がここまでなるのは当然ですがそれ以上の被害です。
どこの国でも昔は田舎で凄惨な事件が起きてます。
日本なら都井睦夫の事件が有名ですが。
田舎というのは閉鎖的な空間なので時たま恐ろしい事件が起こります。
それはある意味仕方ない事かもしれませんね。
自分たちはロシア兵と不貞な関係でいて、命がけで戦地に行った人を標的にするのですか。
夫以外何百人も亡くなっているならもはや遊びでやっているとしか思えない狂気の域ですよ。
不満というより、ロシア兵やファゼカシュに洗脳されていたのでは?と勘ぐってしまいます。