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キース・ゼトルモイヤー (アメリカ)
【 1955 ~ 1995 】



1980年10月13日早朝、アメリカ・ペンシルベニア州ドーフィン郡で、キース・ゼトルモイヤー (1955年6月4日生) は、友人のチャールズ・デベツコ (♂) と車に乗っていた。

車を停めると、ゼトルモイヤーはデベツコの首を22口径の銃で撃った。

出血でもがき苦しむデベツコに手錠を掛けると、車から降ろし、側の茂みまで引きずり込んだ。

そして、更にデベツコを2発撃って息の根を止めた。

しかし、丁度近くを巡回していた2人の警察官が銃声を聞き、現場に駆けつける。

ゼトルモイヤーは黒い服と手袋を身につけ、銃を持って立っていた。

警察官が銃を下ろすよう指示すると、ゼトルモイヤーは素直に従いその場で逮捕された。

ゼトルモイヤーは銃の他にリボルバー、狩猟用ナイフ、41発の弾薬を所持していた。

殺害理由だが、実はゼトルモイヤーは以前、強盗で逮捕されており、その裁判中であった。

裁判でデベツコが証人として出廷し、証言する事になっていた為、口封じの為に殺害したのだった。


1981年4月24日、ゼトルモイヤーはデベツコ殺害で有罪判決が下されると、死刑が言い渡された。

ゼトルモイヤーは控訴をしなかった為、刑が確定した。


1995年5月2日、致死量の注射による死刑が執行された。

享年39歳。

ゼトルモイヤーのスペシャル・ミール (特別な食事) は、2つのチーズバーガー、フライドポテト、チョコレートプリン、チョコレートミルクであった。

また、最後の言葉は

「ペンシルベニア州民は、私が投獄されていた14年間、そして、死刑執行の費用を全額支払ってくれたので、私の死刑を受け入れて下さい。そして、ペンシルベニアの全ての人々が私の犯した罪を許してくれるよう願います。私は皆様に心から感謝します」

であった。

ゼトルモイヤーの死刑が執行される前、死刑反対者や支持者らによって抗議が行われた。

ゼトルモイヤーは重度の精神障害者であり、死刑判決に控訴しなかったのはそもそも控訴出来る状態ではなかったと主張した。

ゼトルモイヤーの母親も死刑に反対し、執行される数分前までペンシルベニア州最高裁判所に要請を行うなど最後まで死刑停止を訴えた。

母親はテレビのインタビューで
「人生は神聖なものです。それは地球上で唯一の神聖なものです。そして、誰もそれを止める権利はありません」
と答えた。

母親のみならず、死刑反対者や支持者が死刑に強く抗議した理由は、実はペンシルベニア州では1962年を最後に死刑が執行されておらず、アメリカで死刑が復活して以降も多くの死刑判決を受けた死刑囚がいたが、誰も執行されていなかった。

ゼトルモイヤーは判決に対して控訴をしなかった為、執行される事になったと抗議したのだった。


最後に法廷で裁判官にデベツコ殺害について
「問題はなんですか?」
と聞かれた際のゼトルモイヤーの発言で終わりたいと思います。

「ネズミを撃っただけだ」



《殺人数》
1人

《犯行期間》
1980年10月13日



∽ 総評 ∽

自身の裁判での不利な証言を止めさせる為に殺害したゼトルモイヤー。

強盗を行っておきながら、その事を証言されたら困るから殺すという身勝手極まりない犯行である。

ゼトルモイヤーはアメリカで死刑が復活した1976年以降、ペンシルベニア州としては初めての執行となった。

そもそもペンシルベニア州は死刑を行わない州であり、ゼトルモイヤーの執行ですら33年振りであった。

また、ゼトルモイヤーが執行されて以降、2018年までで2人しか執行されていない (2015年に死刑が停止されている) 。

約60年の間にたった3人しか執行していない異常な州なのである。

そもそも死刑囚自体が少ないならわかるが、死刑が復活して以降、ペンシルベニア州で死刑判決が下されたのは384人もおり、それなのに3人しか執行していないのである。

残る380人以上を何年も税金をかけて刑務所で養う費用と労力、考えるだけで頭が痛くなる。

ゼトルモイヤーの母親は息子の死刑執行を最後の最後まで止めようと必死に動いていた。

それが、息子の執行は仕方ないという前提があって「私の息子だけが死刑執行されるのはおかしい。他にももっと早くに判決が下された人達がいるのに控訴してないから執行は納得がいかない」という理屈ならまだわかる。

ただ、当然この母親はそんな殊勝な考え方ではない。

母親は「人生は神聖であり誰にも止める権利はない」と言って抗議したが、ではその息子に神聖な人生を奪われた人間はどうなるのか。

まさか「もう死んでしまったので」と言うのだろうか。

神聖などという言葉を遣って哲学的な美しい事を言ったつもりだろうが、結局は自分の事しか考えていない息子同様ただの愚母に過ぎない。