_20190613_212258
リュビシャ・ボグダノビッチ (セルビア)
【 1953 ~ 2013 】



2013年4月9日午前4時半頃、セルビア・ムラデノバツ近くヴェリカ・イヴァンカ村で、リュビシャ・ボグダノビッチは、母親ドブリラ (83歳) を射殺し、その後、息子ブランカ (41歳) も射殺する。

家族を殺害後、隣人のデスポトヴィッチ家に侵入すると、ミケイロ (61歳♂) にその妻ミレーナ (61歳) 、夫妻の息子ゴラン (24歳) にその妻ヨバナ (21歳) 、息子夫婦の長男デイビッド (2歳) の一家5人を皆殺しにした。

次にデスポトヴィッチ家の隣人ダニカ・ステキッチ (78歳♀) の家に侵入して射殺した。

その後、通りを挟んだ斜め向かいのジェシック家に侵入し、ミロス (48歳♂) とルビカ (64歳) を射殺。

その次にジェシック家の隣人、ミジャイロビッチ家に侵入し、ヴェルミール (68歳♂) とオルガ (69歳♀) 夫妻を射殺する。

最後にミジャイロビッチ家から少し離れた家に侵入し、ドラガナ・ステキッチ (50歳♀) を射殺した。

ここまでわずか30分足らずで行われたが、警察が到着した事でボグダノビッチは犯行は止めた。

そして、自宅に戻ったボグダノビッチは、警察の前で自らの頭を撃った。

警察はすぐにボグダノビッチを病院へ搬送した。

ボグダノビッチのポケットからは16の弾薬が見つかった。

ボグダノビッチは病院で治療を受けるが、回復する事はなく2日後の11日に死亡した。

結局、ボグダノビッチは5軒の家に侵入し、犠牲者は全部で13人であった。

犠牲者の内、数人はボグダノビッチ同様病院に運ばれたが全員が亡くなった。

ボグダノビッチは1981年以降、銃を持つ資格を得ている事がわかった。

また、ボグダノビッチには前科がない事も判明し、精神科への通院や患者としての病院歴もなかった。

警察は1991年にボグダノビッチがスラヴォニアの戦争に参加していたと発表した。

2012年まで殺害した息子のブランカと一緒にスロベニアの会社で働いていたが、事件を起こす時には職を失っていた。

ボグダノビッチの娘スラヴィカ・ラジッチは、職を失った事で苦しんでいたと語った。

隣人によるとボグダノビッチは普段は物静かな人物であり、また、事件前にボグダノビッチと会話を交わした人物によると、最近眠れないと言っていたという。

ボグダノビッチは雇用サービスから2万ディナール (約700万円) を受け取っており、 2台の車、数ヘクタールの土地、農業機械を所有するなど、裕福であった。

事件を起こす2日前には、牧草地を掃除しており、その時は気さくに喋っていた。

本人は死んでしまった為、動機は不明であるが、研究者は戦争に参加した事が精神を蝕んだのではないかと考えていた。

セルビアではこの種の大量殺人はほとんど起きたためしがなく、ボグダノビッチの事件以前であれば、2007年7月27日にニコラ・ラドサブリエビチが9人殺害した事件くらいなものであった (以前掲載したのでそちらを参照) 。

その為、この事件はセルビア全土に衝撃を与えた。


最後に事件を起こす前に妻に話した言葉で終わりたいと思います。

「私たちはもう人生がありません」



《殺人数》
13人

《犯行期間》
2013年4月9日



∽ 総評 ∽

小さな閑散とした村で、隣人等を次々と襲撃して殺害したボグダノビッチ。

犯行が起きた村の一角は住宅も少なく、メインの通りに面した家を次々と襲撃した。

この犯行を読んだ多くの方が日本の都井睦夫の事件を連想したのではないだろうか。

私も最初「セルビア版津山事件」かと思った。

ただ、どちらかというか「津山事件」よりも2013年7月21日に起きた「山口連続殺人事件」の方が発生時期も近いし似ているかもしれない。

田舎というのは都会よりもこういった事件は普通起こりにくい。

それは幼い頃から近隣住民全員顔見知りであり、一緒に成長している関係で絆も隣人の顔すら知らない都会と比べてかなり強い。

だが、だからといって絶対起こらないとも限らない。

次から次へと容易に殺害に至る事が出来たのは、詳細はないがおそらく家の鍵も掛けていなかったのだろう。

それくらい穏やかで平和な村だったと思われる。

はっきりとした動機がわからないのが、余計に恐ろしさしか感じない。