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サッダーム・フセイン (イラク)
【 1937 ~ 2006 】



サッダーム・フセイン・アブドゥル=マジード・アッ=ティクリーティーは、1937年4月28日、イラク・ティクリート近郊アル=アウジャで生まれた。

フセインは泥の小屋で生まれ、名前のサッダームというのは「直進する者」という意味であった。

家は農家であったが、土地を持たず、アル=アウジャは水道や電気、床もない非常に貧しい村であった。

フセインが生まれる数ヶ月前には父親が失踪し、その後、間もなく兄 (13歳) が死んだ。

その為、フセインは母子家庭の1人っ子となる。

イラクでは父親の存在は重要であり、父親のいなかったフセインはその事でいじめられた。

だが、フセインはいじめに決して屈せず、長身と腕力を活かし反撃した。


1955年、フセインは首都バグダッドに移住する。

イラクは第一次世界大戦後に確立された国家であり、スンニ派とシーア派の他、少数民族が対峙していた。

1920年からイギリスの委任統治を受けていたが、委任統治とは名ばかりで実質的にはイギリスに支配され、石油資源の利益を搾取されていた。

裕福なのはイギリス人だけであり、イラク人の実に80%が赤貧にあえいでいた。

そんな他国に支配されている現状に、フセインや国民は嫌気がさしていた。 

そして、イラク国民は政権の奪還を考え、革命による完全なる独立を望むようになり、フセインはバース党に入党する。

バース党はイラク独立と民族主義の運動を推進し、時には暴力も辞さない党であった。

この頃、イラク共産党が革命運動を起こしており、相容れぬ思想であったバース党はイラクの将来を巡って対立する。

最大の敵であった共産党に対し、フセインは用心棒としてギャングを率い、共産党の党員を脅して回った。

その為、路上で共産党と戦う事が日常であった。

そんなフセインは暴力を恐れぬ男として党の幹部に名が知られるようになる。


1958年、軍部がクーデターを起こし、ファイサル2世とその家族が王宮で射殺される。

カセム准将の下で新たな軍事政権が誕生し、イラクが独立すると思われたが、間もなくバース党と新政権の権力闘争が起こる。

そして、バース党は政治から遠ざけられてしまう。

フセインやバース党にとってカセムが共産党と手を組んだのは明らかな裏切り行為であった。

バース党はカセム暗殺部隊を結成するのだが、真っ先に志願したのはフセインであった。


1959年10月7日、フセインはパレードで賑わう通りで白昼堂々カセムを襲撃する。

しかし、襲撃は失敗に終わりカセムは一命を取り留め、フセインは隠れ家に逃げ込んだ。

また、フセイン自身も足に軽い銃創 (味方の弾) を負った (後にフセイン自身が完全なる失敗と言っている) 。

党内には失敗はフセインが早く撃ち過ぎたのが原因だと言う者もいた。

傷が癒えるとフセインはエジプトの首都カイロに逃亡し、身を隠した。

ここで、フセインはただ黙って隠れていたわけではなく、自分は政権に立ち向かった恐れ知らずの戦士であり、暗殺を熟知する優秀な殺し屋だという事を捏造し、党内に印象付ける。

その噂によりフセインはイラク国内に影響力を得た。


1963年2月9日、カセムがバース党支持者に射殺される。

これを機にフセインはイラクに戻る。


1968年7月17日、バース党はついに権力闘争に勝利し、フセインの親族であるバクルが大統領となる。

新政権はバクルと一部のバース支持者が国政運営のほぼ全権を握っており、フセインは副大統領となった。

フセインは秘密警察を手中にし、反対勢力に関する情報を集め、誰が政権に忠実か探らせた (フセインの秘密警察は後にゲシュタポと比較される程であった) 。

フセインは秘密警察を使い、個人の郵便物や電話通信も監視した。

政府や軍、国民のリスト等、何千という機密ファイルが作成された。

それらに全て目を通したフセインは、手書きでメモを残した。


1969年1月27日、フセインは国に対する大規模な陰謀を暴いたと主張し、陰謀の主な首謀者13人を選んだ。

処刑はラジオで告知された為、何十万人ものイラク人がバグダッド中心部に集まり、大衆の前で13人の絞首刑が執行された。

これは国民全員に恐怖を植え付ける事が目的であった。

こうしてフセインは1970年代後半まで秘密警察のトップとして国をほぼ支配した。


1979年7月16日、バクルが病気を理由に引退し、フセインに大統領の地位を譲った。

フセインは42歳の若さでついにイラクのトップに君臨する事となった。


②に続く



* 追伸 *

今日から数日間、独裁者サッダーム・フセインを掲載していきたいと思います。
尚、今年は毎月月初めに独裁者を掲載していこうかなと思っています (11人予定)。
独裁者は猟奇殺人者とは違うので、以前、掲載した時も批判を受けました。
また、猟奇殺人者を読みたいという方にとっても非常に面白くない記事かと思いますが、読んで頂けると嬉しいです。
予定が変わってしまうかもしれませんがよろしくお願い致します。

※本日、イギリスが正式にEUから離脱しました (年内一杯は移行期間としてEUに在籍する) 。
これによりおそらく死刑が復活します (国民がEU離脱後にまず何をやって欲しいかというアンケートをとった時「死刑の復活」が1位であった) 。
コロナウィルスの脅威等で世界的に悲嘆していた今日でとても喜ばしいニュースです。