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カロル・コット (ポーランド)
【 1946 ~ 1968 】



カロル・コットは、1946年12月18日、ポーランド・クラクフで生まれた。

父親はエンジニアで、8歳年下の妹と4人家族であった。

家族は夏休みにクラクフ南部のプチムに行ったが、コットにとって家族旅行は退屈であった。

そんな時、コットは近所の肉屋で動物がナイフで殺される姿を目撃する。

大量の血が流れ出て解体される様子にコットは強い衝撃を受け魅了される。

以降、コットは死を見守る事に快感を覚え、暖かい豚の血を飲む事に喜びを見出だした。

その後、コットは定期的にその肉屋を訪ねた。

コットは小動物を拷問し、姉が飼っていた猫を虐待した。

また、コットはナイフを収集し始め、解剖学の本を読み漁り勉強に励むようになる。

コットはナイフで人を切って傷を負わせた様子を想像する事に夢中になった。

学校でのコットは何の問題はなかったが、やや奇妙な性格だった為、友達もおらず孤立していた。

そんなコットは射撃クラブのメンバーとなった。

コットは特別攻撃隊員や警察官を夢見て大学に通うが、科目の1つで失敗してしまい、ショックで精神衰弱となってしまう。

結局、コットは専門学校に通う事となった。


1964年9月21日、コットはヘレーネ・ベルゲン (48歳♀) を教会で刺した。

ベルゲンが教会で跪き、祈っていた所を背中からナイフで刺した。

コットはベルゲンを刺して逃走するが、ベルゲンは一命を取り留めた。


2日後の23日、フランチスカ・レヴァンドフスカ (78歳♀) がアパートの階段を上っている最中に、コットは背後から突き刺した。

レヴァンドフスカもベルゲン同様一命を取り留めるが、両方の事件は若い女性 (18~20歳) に目撃されていた。


同年9月29日、コットは教会でマリア・プリチタ (86歳♀) を後ろから刺した。

刺された際は息があったプリチタだったが、翌日に死亡した。

プリチタが病院に運ばれると、コットはわざわざ病院へ赴き、病院の関係者にプリチタの様子を尋ねていた。


1966年2月13日、コットはレシェク・サーウェク (11歳♂) を刺して殺害した。


同年4月14日、コットはマウゴジャタ (8歳♀) と呼ばれる少女を襲撃した。

マウゴジャタは手紙を取りに外に出た際にコットに襲われ、胃や胸、背中など8ヶ所刺された。

マウゴジャタはすぐに病院に連れて行かれ、医師の懸命な治療の末、助かった。

4日後の17日、コットはマウゴジャタの母親を訪ね、少女の名前を聞き犯行現場に戻った。

また、この頃コットは多くの人間をランダムに毒殺しようと砒素を購入してバーへ向かった。

そこでカウンターから一瓶手に取り、誰も見ていない事を確認すると、いずれ誰かが飲むだろうと考え砒素を混入した。

また、ビールやソーダの瓶に砒素を入れ、人気のない場所や戸外に出して置いたが、誰も飲まなかった。


同年6月1日、コットは逮捕されるが、犯行を同級生に自慢した事により発覚したのだった。

コットの家を調べると16本のナイフが見つかった。

裁判でかつて学校の仲間の飲み物にも大量の砒素を入れたが、少年たちが不審な匂いに気付いて飲む事を拒んでいた事がわかった。

専門家はコットが使用した砒素の量は人を殺すのに十分であると述べました。

また、コットは他に4つの殺人を企てたが、全て失敗に終わっていた。

更に、放火をいくつも行っていた事もわかった。

コットはこれまでの犯行 (2件の殺人、10件の殺人未遂、4件の放火) を認め、攻撃や殺害について詳しく説明した。

当初、コットは狂気理由に裁判に耐えられないとされたが、専門家が検査を行い正気であると判断した。


1967年5月3日から始まった裁判は、同年11月22日に終わり、コットは死刑が言い渡された。


1968年5月16日、絞首刑による死刑が執行された。

享年21歳。

コットの遺体を剖検すると、脳腫瘍だった事が判明した。


このコットの事件は、2014年3月、テレビ番組「Killer:The Kamp:The Vampire of Crakow」シーズン1のエピソード2で紹介された。


最後にインタビューで「殺人は犯罪であり悪事であるという考えがあるか?」とコットに尋ねた際のその返答で終わりたいと思います。

「人間の行動の道徳的な妥当性を決定するのはそれらが個人的な満足感と満たされた義務感をもらすという事実です。それ故、私は自分自身を殺人者と見なしているが悪者とはみなしていない」



《殺人数》
2人

《犯行期間》
1964年9月29日、1966年2月13日



∽ 総評 ∽

「The Vampire of Kraków (クラクフの吸血鬼) 」と呼ばれ、数々の犯行を行ったコット。

血を好み飲んだりした事で吸血鬼と呼ばれたコットだが、個人的には「切り裂き魔」の方が適切だと思う。

コットは子供の頃に屠殺に衝撃を受け、喜びと羨望を抱き、成長して行動に移した。

通常、動物が殺されている様子は見ていて嫌悪しか抱かないものたが、すでにコットの精神状態はかなり危険な状況だったといえる。

ただ、コットは解剖を行うと脳腫瘍だったらしいので、これ程の異常性はその影響だったのかもしれない。

コットは人を切っている自分の姿に興奮し、それが最良の目的であった為、年齢や性別にこだわらなかった。

コットは砒素を購入し、飲み物に混入して大量毒殺を図ったが、何故、急にそのような行動に出たのかよくわからない。

反撃されないよう不意打ちではあるが、コットは強姦や物も盗っておらず、刺すこと、切る事全てを捧げた純粋な「切り裂き魔」といえる。

コットは20歳で死刑判決を言い渡され、21歳で刑場の露と消えたが、現在のポーランドは死刑を廃止している。

21歳の若者の死刑を容赦なく執行するこの頃のヨーロッパに、現在のヨーロッパも見習って欲しいものである。