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ディーター・ズーウィーマ (ドイツ)
【 1942 ~      】



ディーター・ズーウィーマは、1942年7月2日、ドイツ・ヘクスターのオットベルゲン地区で生まれた。


16歳の時、ズーウィーマは窃盗で逮捕された。


1972年11月、ズーウィーマはデューレンにある不動産事務所に強盗目的で侵入し、事務所にいた秘書を殺害する。


1974年、殺人と強姦、強盗によりズーウィーマには終身刑が言い渡された。

ブラックヴェーデ刑務所に拘留中、心理学者はズーウィーマの人格の明らかな変化を感じた。

ズーウィーマは刑務所でラテン語とフランス語を学んだ。


1988年以降、ズーウィーマは刑務所で模範的な善い行動の為、定期的な休暇を取得した。


1998年12月2日、ズーウィーマは許可を得て外出するが、刑務所に戻って来なかった。

警察はすぐに捜査を行うが、その行方を完全に見失ってしまう。


1999年3月21日、ズーウィーマは71歳の男性を刺して殺害する。

その直後、ズーウィーマの携帯電話が鳴り、電話に出ると相手は殺害した男性の妻であった。

ズーウィーマは何が起こったか会って説明したいと話し、住所を聞くと家に向かった。

家に到着すると、妻である女性と義姉を襲った。

女性はその場で死亡し、義姉は病院に運ばれるも間もなく死亡した。

第一発見者は
「浴室で犠牲者の血がタイル張りの天井から壁一面に広がっていた。また、犠牲者は縛られ顔や上半身に大きな傷があった。寝室の布団とマットレスが血に染まっていた。それはまるで食肉処理場のようだった」
と凄惨な現場の様子を話している。

その後、強盗や一時的な仕事を行って漂流し続けた。

ズーウィーマはレマーゲン、ボーフム、リンダウ、デッサウを行き来し、その間、数人の女性を強姦した。

捜査の手が及ぶとズーウィーマはいち早く察知し、トウモロコシ畑に逃げ込んだり、警察が到着する数分前に逃げる事も出来た。


同年6月27日夜、ズーウィーマはテューリンゲン州ヘルルンゲンで、ケルン出身のフリードヘルム・ビート (62歳) を射殺する。


同年8月19日、数日前にテレビ報道で流れたズーウィーマの写真を見たグライフスヴァルトの運転手から連絡が入る。

その情報によりズーウィーマを逮捕した。

逮捕の際、身分証明書の提示を求め、ズーウィーマは素直に逮捕された。


2000年6月、強盗に強姦、4件の殺人等で終身刑が言い渡された。


2001年2月15日、ズーウィーマは獄中結婚するが、後に離婚している。


最後に逮捕される際のズーウィーマの発言で終わりたいと思います。

「私はあなたが求めている人です」



《殺人数》
5人 (他犯罪多数)

《犯行期間》
1972年11月~1999年6月27日



∽ 総評 ∽

『The Remagen Killer (レマーゲンの殺人者) 』と呼ばれ、模範囚を装い休暇許可を取り付け逃走後に犯罪を繰り返したズーウィーマ。

ズーウィーマは行いの善い振りをし、それに騙され更生したと考えた司法は外出許可を許した。

そして、案の定というべく凶悪な犯行を犯し、4人が殺害された。

外出許可もそうだが、そもそも死刑にしていれば4人が殺される事はなかった。

今まで同じような例をいくつも紹介してきたが、相変わらずの司法の甘さには呆れて物も言えない。

そして、再逮捕後も再び終身刑となる。

元々終身刑となり、凶悪な犯行後にまた終身刑となる。

また同じ罪になっただけであり、何の罰にもなっていない。

これだけの犯行を行ったのに罪が全く重くなっていないのである。

これは一体どういう事なのだろうか、頭の良い国のお偉いさんたちがバカな私にも理解出来るように是非ご教授願いたいものである。